落ちこぼれ芸能科ですが、演技の天才ヒロインが舞台で全員勝たせます。

その日の特訓がいったん終わったころには、劇場の外はすっかり夕焼け色に染まっていた。

 赤い光が廊下の窓から長く差しこんで、床の上にのびる影までやわらかく見せている。

「今日はここまで!」

 小春がぱんっと手を打つと、あちこちから疲れた声が返ってきた。

「つっかれた……」

「でもなんか、思ってたより楽しかったかも」

「白峰のあの声、反則すぎ」

「やめろって……」

 教室に笑いが広がる。
 最初に集まったときの重たい空気が、少しずつほどけてきているのがわかる。

 よかった。
 たった一日で全部変わるわけじゃない。けれど、確かに一歩進めた気がした。

「白雪」

 名前を呼ばれて振り向くと、桜井蓮が台本を抱えたまま立っていた。

「このあと、少しいいか」

「うん? いいよ」

「劇場、残れるか」

「残れる!」

 即答したせいか、蓮がほんの少しだけ眉を上げた。

「そんな元気あるのか」

「あるよ。今日、すごく楽しかったもん」

「……そうか」

 短い返事。
 でも、彼の目がわずかにやわらいだ気がして、小春はこっそりうれしくなった。

 みんなが帰り支度を始める中、小春も自分の荷物をまとめる。
 そのとき、桃園えるちゃんがするりと近づいてきた。

「小春ちゃん」

「ん?」

「ふたりきり?」

「たぶん」

「きゃー」

「なんで叫ぶの」

「だって完全に放課後イベントじゃん」

 えるちゃんがにやにやしながら小声で続ける。

「しかも相手は、さっき軽く嫉妬してた桜井蓮くんです」

「まだ言うの?」

「言う」

「違うって言ってたよ」

「そういうのはね、言った本人より見てる周りのほうがわかるの」

 えるちゃんは得意げに胸を張る。

「いい? もし雰囲気よくなったら、ちゃんとときめくんだよ」

「そんな指示ある?」

「あるの!」

 わけがわからなくて、小春は思わず笑ってしまう。

「もう、えるちゃんってほんとおもしろい」

「感想それ?」

「ありがとう」

「そこは否定してよー!」

 最後までにぎやかに手を振って、えるちゃんは帰っていった。

 残された小春は、ほんの少しだけ深呼吸をする。
 ふたりきり。そう思うだけで、なぜか胸がそわそわした。

 変なの。
 蓮くんとはずっと同じクラスなのに、今日ちゃんと話したばかりみたいなものなのに。

 劇場へ戻ると、蓮はすでに舞台袖の近くに立っていた。
 大きな空間の中でひとり台本を見つめる姿は、それだけで絵になる。