「無理すんなよ、明日からのテスト」
それだけ言って、今度こそ歩いていってしまった。
私はしばらく、その場に立っていた。手の中の教科書が、いつもより重く感じた。付箋の一枚一枚に、指をそっと当ててみる。
嬉しい。素直に、そう思う。
でも、嬉しいと思うたびに、心のどこかで、琴葉に悪いな、という気持ちが、そっと顔を出す。
喜んでいい嬉しさなのか、隠すべき嬉しさなのか、自分でも分からなくなる。
『わたし、加賀見くんのこと、たぶん、好き』
私は、この気持ちをいったい、どこへ置いておけばいいんだろう。
◇
「彩葉ちゃん」
期末テスト前日の夜。部屋でシャーペンの芯を替えながら、琴葉がふと言った。
「明日の英語のスピーキングテスト、緊張してる?」
「うん。めちゃくちゃ」
「わたしが作った例文、覚えてきた?」
「一応ね。『わたしの好きなことは、読書です』……なんか、私っぽくないなって、自分でも思うけど」
「あはは、そうだよね。彩葉ちゃんが読書してるところ、見たことないもんね」
琴葉はくすくす笑ってから、真面目な顔になった。
「無理して、わたしっぽく話さなくてもいいんだよ。……先生たちが見てるのは、椎名琴葉の記録だけど。話すのは、彩葉ちゃんなんだから」
その言葉が、思ったより深く胸に沈んだ。私っぽく話していいなんて、この状況で、いちばん難しい注文だ。
「……考えとく」
それだけ答えて、私はまた、問題集に目を落とした。



