「ほんとに? じゃあ、こっちの問題、やってみて」
シャーペンを渡されて、私はさっきの図を自分の手で描いてみる。少し、いびつな三角形。それでも、答えはちゃんと出た。
「できた!」
「すごい。筋がいいよ、彩葉ちゃん」
琴葉が、ぱっと顔を輝かせる。その表情は、病室で見たときより、ずっと明るかった。
夜の勉強机には、参考書が二冊、ノートが二冊、並んでいる。私の分と、琴葉の復習の分だ。
琴葉は、寝たきりの間に鈍った勘を取り戻すみたいに、私に教えながら、自分のノートにも同じ問題を解いていた。
「琴葉。そっちの問題、もう終わったの? 早すぎない?」
「うん。わたし、こういうの得意だから」
さらりと言ってのける横顔に、影がある気がした。
留学の選考は、あと三週間もない。琴葉は今、誰よりも自分に対して焦っているはずだ。
私に教えている間だけは、その焦りを忘れられるんだろうか。
「……ありがとうね、教えてくれて」
「ううん。わたしも、彩葉ちゃんが分かってくれると嬉しいから」
シャーペンの音と、時計の針の音だけが、部屋に響く。二人並んで、同じ問題に向かう時間は、思っていたよりずっと穏やかだった。
けれど、ノートのページをめくるたび、頭の隅にあの夜の言葉がちらつく。
『わたし、加賀見くんのこと、たぶん、好き』
私は、その言葉をそっと、心の引き出しにしまい直した。今は、この問題を解くことだけ。



