耳のそばで、風が唸る。雨の粒が、頬を叩く。前に、三つの背中が見えた。
一人目を追うカーブの手前で、私の足が、ぬるりと滑った。とっさに、体を前に倒して、なんとか踏みとどまる。
転ぶ、と思った一瞬が、やけに長かった。
ぬかるんだ土が、足の裏に吸いつく。かまわず、もう一歩、強く蹴り出す。抜いた瞬間、相手が「うわ」と小さく声をあげたのが聞こえた。
二人目の背中が、一歩ごとに近づく。肩が並んで、しばらくそのままだった。
相手の荒い息づかいが、すぐ横で聞こえる。悔しそうで、でも、まっすぐな響きだった。
負けたくない、という気持ちが、雨の中でもはっきり伝わってきた。もう一歩、意地で踏みこんで抜き去る。
残るは、あと一人。けれど、前の背中はなかなか追いつけなかった。差は、ほんの半歩。
腕を、思いきり振る。息が切れて、視界の端が、白くにじむ。それでも、絶対に足を止めなかった。
最後の直線で、ついに横に並んだ。
濡れた三つ編みが、背中で重く跳ねる。ピンが、頭皮を引っぱる。それでも、止まらない。
気持ちいい。この感じ。私が、私でいられるこの感じ。
「琴葉ー! いけー!」
日和ちゃんの声が、雨の向こうから聞こえた。
「椎名さーん!」
北条さんの声も。望月くんの声も。たくさんの声が、ひとつに束ねられて、背中を押してくる。
ああ、私、走ってるんだ。
最後のカーブで、頭の上のウィッグがずるりと後ろへ引かれた。
やばい、脱げちゃう──!



