その一瞬に、いろんなことが、いっぺんに頭をよぎった。
全力で走ったら、ウィッグがずれるかもしれない。
これ以上目立ったら、四十五日たって琴葉が戻ってきたとき、「前と違う」と思われてしまうかもしれない。
でも、受け取ったバトンは、まだ温かかった。
『彩葉ちゃん、お願い』
病室で涙をこぼしながら、私の手を握った琴葉の顔が浮かぶ。
あの子は、いつだって最後まで投げ出さない。宮川さんも同じだ。
宮川さんはずっと、琴葉と競ってきた人だ。
テストの点数で、体育祭の準備で、毎日ひとりで、琴葉と向き合ってきた人。
その人が、痛む足で運んできた悔しさと想い。それを、私が手を抜いて、なかったことにするなんて、できない。
琴葉の居場所を守るって、ただ琴葉らしくしていることじゃない。
宮川さんが、ここまで運んできたバトンを、無駄にしないことでもある。
それに。
私の取り柄は、走ることだけ。ずっと、そう思ってきた。
でも、今、この足は、誰かの悔しさも運んでいる。
ぬかるんだグラウンドも、雨で視界がにじむ感覚も、中学の部活で、何度も経験してきた。
……私らしく、走ろう。
このバトンを、加賀見くんに繋ぐために。
「任せて!」
私は、地面を強く蹴った。



