「あ……昔から、体力だけは、自信があって」
なんとかそう返すと、加賀見くんは「へえ」とだけ言って、放送席のほうへ向き直った。
今の質問は、何だったんだろう。
そう思ったけれど、今はそれを考えているひまはなかった。心の隅に、小さな棘のように残ったまま、私は放送に耳をすませた。
放送が復旧すると、アナウンスが流れた。
『まもなく、二年生のクラス対抗混合リレーを始めます。出場する選手は、入場門に集まってください』
入場門のほうから、選手たちのざわめきが聞こえてくる。
私は、手のひらを握って開く。汗で、少し湿っていた。
入場門に向かって歩き出したとき、見知らぬ下級生の女の子二人がすれ違いざま、小声で話しているのが聞こえた。
「ねえ。さっきの、本当に二年の椎名先輩?」
「え、違う人じゃないの? なんか、雰囲気が別人みたいだった」
「でも、体操服もハチマキも椎名先輩のクラスの……」
声は、そこで人混みに紛れて、聞こえなくなった。
足が一瞬、止まる。
今の子たちは、ただの噂話のつもりだったのかもしれない。でも、その一言一言が、鋭い針のように胸に刺さった。
もし、ここで正体がばれたら。琴葉の四十五日は、今日で終わってしまう。
想像しただけで、指先から血の気が引いていった。
気づかれ始めている。私という存在の輪郭が、少しずつ、ほころびかけている。
空を見上げると、雲の色はさっきよりずっと濃い灰色になっていた。
グラウンドの上を、冷たい風がざあっと吹き抜けていく。
雨の匂いがした。まるで、これから起こることを暗示するみたいに。



