「椎名さん?」
「クラスごとの席に、走って伝える。三分で、一周してくる」
加賀見くんが、一瞬だけ息をのんだ。
それから、まっすぐ私を見てうなずいた。
「頼む」
たった二文字なのに、走り出す前から体の芯が温まっていた。
進行表のコピーをぐっとつかむと、私は走り出した。
最初の応援席まで、二十歩。
「次の競技は、変更です! リレーと応援合戦が、先になります!」
叫んで、次へ。また叫んで、次へ。
足の裏で、砂がざりざりと鳴る。ハチマキの端が、耳元でばたばたとはためく。
三つ編みが背中で大きく跳ねて、ピンが頭皮を引っぱった。かまうもんか。
色の洪水が、視界の両側を後ろへ流れていく。
赤、青、黄色、緑。見知らぬ顔が、次々とこちらを振り向いた。
空気が、頬を切っていく。肺が、ひゅうひゅうと鳴る。
走るのは、好きだ。でも、こんなふうに誰かのために走るのは、初めてかもしれない。
部活の走りこみは、いつだって自分のためだったから。
「椎名さん?」
「あんなに足、速かったっけ」
ささやきが、風に混じって耳をかすめる。
目立ってるって、分かってる。でも、考えるのはあとだ。



