体育祭の朝。家を出る前に、母が黙って私のカバンに何かを入れた。
ラップに包まれた、まん丸のおにぎりが二つ。
「あれ? 学校、シェフのお弁当が出るんだよね?」
「食べなくてもいいの。持っていきなさい」
母は、私と目を合わせずに言った。
体育祭に来なくていい、と伝えたのは私なのに。カバンを閉める手は、少しだけ名残惜しかった。
玄関で靴をはいていると、スマホが震えた。
『頑張ってね。わたしも、病室から応援してるよ。見ることはできないから、心の中でだけど』
思わず、笑ってしまう。
『任せといて。ゴールテープ、切ってくるから』
そう返して、私は家を出た。
電車の窓に、灰色の空が映っていた。駅を二つ過ぎるたびに、同じ紺色の制服が増えていって、最寄り駅のホームは、明凰学園の生徒でいっぱいになる。
誰もが、そわそわと空を見上げていた。雨が降るのか、降らないのか。
学園に着いても、空は相変わらず曇っていた。
灰色の雲が、低く垂れこめている。風は湿っていて、土の匂いがした。雨の前の、あの匂いだ。
それでも、グラウンドは空模様を忘れるくらい華やかだった。
色とりどりの旗が、風にはためいている。白いテントの下では、シェフの帽子をかぶった人たちが、銀色のワゴンを押していた。
保護者席のテーブルには、真っ白なクロスまでかかっている。
……すごい、本物のシェフだ。
「琴葉ー!」
金色のハチマキをつけた日和ちゃんが、手を振りながら走ってきた。



