その夜、机に教科書を広げて、数学のページをめくった。
余白の書きこみを、一行ずつ指でたどる。同じ式を三回読んでも、頭に入らない。
ページの隅に、赤い字で『ここ、テストに出る!』と矢印が引いてあった。
今日の小テストに、そのまま出た問題だ。
「……先に読んどけば、よかった」
机に突っ伏したとき、スマホが震えた。画面に、『琴葉』の名前が光っている。
「もしもし、彩葉ちゃん?」
その声を聞いたとたん、肩に入っていた力がほどけた。
「どう? 学校」
「ん、大丈夫、大丈夫!」
「……彩葉ちゃん。声、元気ないよ」
見抜かれている。観念して、白状した。
「数学の小テスト、五十一点だった」
少しの沈黙。それから電話の向こうで、ぷっと吹き出す音がした。
「わたしね、一年生のとき、二十点とったの」
「うそでしょ?!」
「本当。誰にも言ってないけど。……教科書の余白、あの日の夜に、ぜんぶ書きなおしたんだよ」
あの、びっしり埋まった余白は、二十点の努力だったのか。
思わず、声を出して笑ってしまった。笑ったら、胸のあたりが少し軽くなった。
電話の向こうで、サンダルの音が、ぱたぱたと通りすぎていく。
看護師さんだろう。遠くで、消灯前のアナウンスが、かすかに聞こえた。



