「持てるからって、一人で持つな。腰、痛めるぞ」
「……はーい」
そんなふうに言われたのは、いつ以来だろう。
部活では、力持ちは頼られる役だった。心配される側に回ることなんて、なかったから。
帰り際、体育の先生に呼び止められた。
「椎名。クラス対抗リレーの補欠だったな。第三走者の子が足を痛めてな。代わりを頼めないか。アンカーの加賀見とのバトンパスも、練習しておいてほしい」
「えっ、私、ですか?」
断る理由を、探した。
目立たないこと。それが、両親と交わした、もうひとつの約束だから。
なのに、口が先に動いていた。
「……はい。やります」
走れるんだ。乾いた砂の匂いの中で、思いきり。そう思ったら、断る言葉のほうが、どこかへ消えてしまった。
◇
先生と別れて、校舎に戻ろうとしたとき。中庭のガラス張りの温室から、明かりが漏れているのに気づいた。
こんな時間まで、誰かいるのかな?
そっと、扉を開けてみると、むっとした土の匂いと湿った空気が頬を撫でた。
奥のほうで、体操着姿の加賀見くんが、小さな鉢植えにじょうろで水をやっていた。
長い指が葉の裏をそっとめくって、何かを確かめている。
「……加賀見くん?」
「わっ」
いつものクールな声とは、まるで違う、素っ頓狂な声が返ってきた。
加賀見くんは、じょうろを作業台に置こうとして、思いきり倒してしまった。水が、床までじゃばじゃばとこぼれる。
「あ……」
「だ、大丈夫?」



