『素』という言葉が、思っていたよりずっと重く刺さる。
それって、いつもの琴葉は、素を出せていなかったってこと? それとも、偽物のはずの私のほうが、素で動いてしまっているってこと?
どちらだとしても答えが出せないまま、私は加賀見くんの顔を見つめ返すことしかできなかった。
「じゃあ、また放課後に」
それだけ言うと、加賀見くんはひらりと手を振って、階段を下りていってしまった。
『放課後』──その一言だけが、やけに耳に残った。
放課後って、いったい何のこと?
ノートには、そんな予定……何も書いてなかったのに。
◇
三時間目の音楽は、合唱だった。
音楽ホールは、まるでコンサート会場みたいだった。赤いふかふかの座席が、ずらりと並んでいる。ステージには、黒いグランドピアノ。
「では、パート練習から。椎名さんは、いつもどおり、アルトをお願いね」
先生の指揮棒が、すっと上がる。私は、思いきり息を吸って──歌った。
……あれ? みんなが、こっちを見てる。
私の声だけが、ホール中に大きく響いていた。
しまった! 恥ずかしがり屋な琴葉はいつも、小さな声で歌ってるんだった。



