「体育祭の本番まで、あと十日でしょ。これから忙しくなるから、また相談させてね!」
ひらひらと手を振って、北条さんは行ってしまった。
「今の、かっこよかったね」
「椎名さんって、運動もできたんだ」
周りの女の子たちが、ひそひそと話している。
あ、やばい。目立っちゃった?
思わず、頭に手をやる。
三つ編みの根元は、ずれてない。それでも、ピンで留めているだけだと思うと心細くなった。
お父さんとお母さんとの約束を思い出す。目立たないように。変なところで、注目を集めないように。
分かってる。分かってるのに、体が勝手に動いてしまった。
四十五日後、琴葉が戻ってきたとき、クラスのみんなが「なんだか前と違う」と感じたら。
私が、琴葉の居場所を、知らないうちに書き換えてしまっていたら。
──でも。
とっさに体が動いたときの、あの感覚。誰かの役に立てたあの一瞬だけは、素直に気持ちよかった。
そのことに、後ろめたさを覚える自分と、もっとこの感覚を味わいたいと思う自分が、同時に胸のどこかにいた。どっちも、本当の自分だ。
「椎名さん」
声に振り返ると、階段の上に加賀見くんが立っていた。
「今の、すごかったね」
「あ、いや、たまたま……」
「朝も思ったけど。今日の椎名さんは、素の椎名さんに近い気がする」
──え?
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
加賀見くんの涼しげな瞳が、まっすぐに私を射抜いている。



