【無理だけはしないで。何かあったら、すぐに連絡してね。】
私は、ハンガーにかかった紺色のブレザーを見上げた。
明日からあの服を着て、別人のフリをして過ごすんだ。
胸の奥が、すっと冷たくなるような、それでいて、少しだけ浮き立つような、不思議な気持ちだった。
正直、明凰学園がどんな場所か、私はよく知らなかった。
スマホで学園のことを調べてみると、『全国屈指の名門校』『専用の温室・音楽ホールを完備』── 私の日常とは程遠い言葉が並んでいた。
公式サイトの校舎の写真は、絵本の中のお城みたいだ。
「……本当に、こんなところに通うの? 私」
声に出して、一人で苦笑いした。
運動なら誰にも負けない自信がある。でも、こういう「格式」みたいなものには、まるで縁がない。
授業についていけるかだって、心配だ。私の成績は、ちっとも自慢できるものじゃない。
それでも、病室で見た琴葉の顔を思い出すと、不安よりも「やってやる」という気持ちのほうが、少しだけ勝った。
私は電気を消した。
なかなか寝つけなくて、天井を見つめたまま、何度も明日の朝のシミュレーションを繰り返した。



