母が、私たちの肩にそっと手を置いた。
「……いいのよ。引き受けさせたのは、私たち親の責任でもあるんだから。二人とも、よく逃げずに話してくれたわね」
そう言って微笑む母の目にも、小さな涙が浮かんでいた。母の声は怒っているというより、ほっとしているように聞こえた。
父は、しばらく腕を組んで黙っていた。テーブルの上の湯呑みから、湯気が立ちのぼっている。
「彩葉」
「なに?」
「しんどくなったら、すぐ言えって。あの日、約束したよな」
「……覚えてる」
「守れたか?」
答えに、詰まった。守れた自信は、正直なかった。
「分かんない。でも、今こうしてちゃんと言えてる、と思う」
父はそれだけ聞くと、息を吐いた。
「明日、校長先生の前で、自分の言葉できちんと話しなさい。逃げずに」
「……分かった」
窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。虫の声だけが、部屋の外から聞こえてくる。
◇
自分の部屋に戻って、私はクローゼットの奥から、あの箱を取り出した。
三つ編みのウィッグが、収まっている。四十五日近く、私を「椎名琴葉」にしてくれた、大切な相棒。
明日、これをつけて学校にいくべきなんだろうか。
しばらく迷って、私は箱のフタを、そっと閉じた。
明日は、これをつけずに行こう。椎名琴葉としてじゃなく、椎名彩葉として、校長先生の前に立つ。
鏡の前で、短い自分の髪に指を通してみる。ウィッグをつけていないときの自分の顔が、今日はいつもよりしっかりして見えた。
窓の外の月が、雲の切れ間からこちらを見ていた。
──明日、全てが決まる。逃げずに、話そう。



