「うちの祖父、少し前から、加賀見総合病院に入院してるの。お見舞いのついでに売店に行こうとして、病棟の廊下を歩いていたら……」
言いにくそうに言葉を紡ぐ、紬さん。
「ドアが開いたままの病室の前を、通りかかったの。そこに三つ編みの、あなたと同じ顔の子が、ベッドで本を読んでた」
心臓が、大きく跳ねた。
「病室の入口には『椎名琴葉』って、ネームプレートがかかってた。学校にいる『椎名さん』と、病院にいる『椎名さん』が、ふたり同時に存在してたの。……それで、全てがつながったわ」
「どうして言わなかったの?」
「言う理由が、なかったから。あなたが、ちゃんと自分の口から話すまでは。それに、あなたには借りもあったしね」
そういえば。足首をひねった紬さんが、松葉杖をついて階段の上り下りに苦労していたとき。私は彼女の荷物を持って、教室まで一緒に歩いた。
そのとき、『借りは、返すわ』って、言われたっけ。
紬さんは腕を組んだまま、一歩、こちらに近づいた。
「あたし、ずっとあなたと──ううん、琴葉さんと、競ってきたつもりだったの。一位を取られるたび、悔しくて、必死で勉強した」
その声には、震えが混じっていた。
「なのに、一ヶ月もの間、あたしが競ってたのは、椎名琴葉じゃなくてあなただったのね」
「……ごめんなさい」
紬さんは、視線を窓の外に逃がして、それからぽつりと続けた。
「あなたが、バトンのことを自分から言ったとき。あのときから、少しだけ、見直してたのよ。だから、今回もたぶん、そうするだろうなって思ってた」
「紬さん……」
「勘違いしないでよね。許したわけじゃないから」
そう言いながらも、紬さんの声は、思ったより柔らかかった。



