闇に溺れて、君を奪う。

ひとつ、またひとつ。
近づいてくるたびに、乃愛の心臓がうるさくなる。

そして玲央は、乃愛の机の前で止まった。

「乃愛」

低い声。
名前を呼ばれただけで、胸がきゅっとなる。

「れ、玲央くん……どうしたの?」

玲央は答えない。
そのかわり、乃愛の手元にあるプリントと、隣に立つ真田を静かに見た。

その目が、少しだけ冷たい。

「あんた、誰」

短いひと言。
教室の空気がぴたりと固まる。

真田は一瞬ひるんだものの、ぎこちなく口を開いた。

「えっと……同じクラスの真田です。小花衣さんに、ちょっと頼みごとしてただけで……」

「ふーん」

玲央の返事はそれだけだった。
なのに、なぜかものすごく圧がある。

乃愛は慌てて立ち上がった。

「り、玲央くん、ちがうの。プリントを手伝ってって言われただけで……」

「わかってる」

玲央はそう言ったのに、機嫌はまったく直っていない。

むしろ、乃愛が真田の名前を知っていたことに反応したのか、目が少し細くなる。

「名前、知ってんだ」

「え……?」

「へえ」

玲央の声が静かすぎて、逆にこわい。

乃愛は完全にあわあわした。
どうしよう。
これってもしかして。

もしかしなくても。

嫉妬してる。

そう気づいた瞬間、胸の奥がくすぐったく熱くなる。
でも今はそんなことを思ってる場合じゃない。

「玲央くん、ほんとに何もないよ?」

「……」

「真田くんは、ただ話しかけてくれただけ」

「その“ただ”が嫌だ」

ぽつりと落ちたひと言に、乃愛は目を丸くした。

教室中も息をのむ気配がする。
玲央は周りの視線なんて気にせず、じっと乃愛を見つめていた。

「おまえが他のやつに笑いかけてんの、見たくねぇ」

あまりにもまっすぐで、独占欲が隠れていない言葉。
乃愛の頬が一気に熱くなる。

「れ、玲央くん……っ」

「悪い。余裕ねぇ」

真田は完全に固まり、クラスメイトたちはざわざわしながらも見守っている。
乃愛は恥ずかしさで泣きそうだった。

けれど玲央の目は、少し苦しそうでもあった。

きっと、怒っているだけじゃない。
不安なのかもしれない。
乃愛のことになると、冷静でいられないくらい。

そう思った瞬間、乃愛の胸はぎゅっと締めつけられた。

乃愛はそっと玲央の制服の袖をつまむ。

「玲央くん」

「……なに」

「放課後、ちゃんと玲央くんのところ行く」

玲央の目がわずかに揺れる。

乃愛は勇気を出して、続けた。

「それじゃ、だめ……?」

その言い方は、ほとんどおねだりみたいだった。

玲央はしばらく黙り込んでから、深く息を吐く。
それから、乃愛の頭にぽんと手を置いた。

「……ずるい」

「え」

「そんな顔で言われたら、怒れねぇだろ」

少し乱暴で、でもやさしい撫で方。
乃愛はほっとして、小さく笑った。

その笑顔を見た玲央は、今度こそ少しだけ表情をゆるめる。

「放課後、迎えに来る」

「うん」

「他の男とふたりで残るな」

「の、残らない……!」

「約束な」

玲央が少しかがんで、乃愛にだけ聞こえる声で囁く。

「……あと、他のやつに向ける笑顔、少し減らせ」

「む、無理だよ……」

「じゃあ俺の前だけ、もっと笑って」

甘すぎる。
近すぎる。
心臓がもたない。

乃愛が真っ赤になってうつむくと、教室のあちこちから小さな悲鳴が上がった。

「なに今の……」

「甘すぎる……」

「東堂先輩、本気じゃん……」

玲央はそんなざわめきも気にせず、最後に乃愛の頬を軽く指でなでた。

「じゃ、またあとで」

そう言って去っていく背中は、いつものようにかっこいい。
でも乃愛にはわかってしまった。

あの人はきっと、外ではどれだけ強くても。
乃愛のことになると、簡単に余裕をなくしてしまう。

それがうれしくて、愛しくて。
胸が甘く疼く。

放課後が待ち遠しい。
きっとまた、玲央は乃愛を見つけた瞬間、誰にも渡さないみたいな目をする。

そしてそのたびに乃愛は、
危ないくらいまっすぐな愛に、もっと深く溺れていくのだ。