闇に溺れて、君を奪う。

「湊……!」

「総長、遅い。ひとりでカッコつけすぎ」

軽い口調なのに、目は笑っていない。
その後ろから、さらに二人の男が姿を見せる。

「玲央、右は片づけた」

低く落ち着いた声を出したのは、眼鏡をかけた知的な雰囲気の男。
幹部の水城 奏。

「乃愛ちゃん、怖かったよね。もう大丈夫だから」

やさしく声をかけてきたのは、柔らかな空気をまとった青年。
幹部の如月 柚希。

玲央は小さく舌打ちすると、乃愛を振り返った。

「……だから言っただろ。俺から離れるなって」

その声はさっきまでの冷たさが嘘みたいに甘い。

乃愛は震える指で、玲央の袖をきゅっとつかんだ。

「だ、だって……玲央くんが、危ないって……」

その一言で、玲央の目が見開かれる。
幹部たちも、少し驚いた顔をした。

乃愛は泣きそうになるのをこらえながら、必死に言葉をつないだ。

「わたしが怖かったのは、自分じゃなくて……玲央くんが傷つくこと、だったから……」

静寂が落ちる。

先に顔を崩したのは湊だった。

「うわ、なにそれ。かわいすぎ」

「総長、完全に負けてるね」

柚希もくすっと笑う。
奏だけが小さく肩をすくめた。

「だから過保護になるんだな」

「うるせぇ」

玲央はそう吐き捨てたくせに、耳が少し赤い。

そして次の瞬間。
彼は乃愛の頬に手を添え、ぐっと自分のほうへ引き寄せた。

「……そんなこと言われたら、もう二度と手放せねぇだろ」

至近距離で落ちてきた低い声に、乃愛の心臓が跳ねる。

「乃愛。覚えとけ」

玲央の額が、こつんと乃愛に触れる。

「おまえは俺のいちばん大事なものだ」

甘くて、まっすぐで、逃げ道なんてなくなる言葉だった。

乃愛の頬が熱を持つ。
何も言えずにいると、玲央はふっと笑って、そのまま乃愛を抱き寄せる。

背中に回された腕は強くて、でも壊れものに触るみたいにやさしい。

「帰るぞ」

「……う、うん」

「今日は俺のそばから離れんな」

「それ、命令?」

聞くと、玲央は少しだけ口元をゆるめた。

「命令。……でも、本音は」

そこで一度言葉を切って、耳元で囁く。

「ずっと俺の隣にいてほしい」

乃愛はとうとう顔を真っ赤にして、玲央の胸元にこてんと額をつけた。

そんなふたりを見て、湊がにやにや笑う。

「総長、甘すぎない?」

「今さらだろ」

奏が即答し、柚希も楽しそうに笑う。

星闇の幹部たちに囲まれながら、乃愛はそっと玲央を見上げた。

怖い夜だったはずなのに。
今は不思議なくらい、胸の奥があたたかい。

きっとこの先も、危ないことはたくさんある。
玲央がいる世界は、やさしいだけじゃない。

それでも。

この腕の中なら。
この人の隣なら。

どんな闇でも、怖くない気がした。

玲央はそんな乃愛の視線に気づいたのか、少しだけ目を細める。
そして誰にも聞こえないくらい小さな声で言った。

「……可愛すぎて、ほんと困る」

「え?」

「なんでもねぇよ」

そう言いながら、玲央は乃愛の手をきつく握る。

離さないと伝えるみたいに。
奪ったものは、もう返さないと示すみたいに。

星のない夜。
けれど乃愛には、その闇が少しだけ甘く見えた。

闇に溺れて、君を奪う。

それはきっと、東堂玲央の恋のはじまりだった。