ラブ・イン・ダーク

「総長、おかえりなさい」

「……その子が?」

「うわ、めっちゃ可愛い……」

ひそひそとした声に、みうは思わず朔夜の袖をきゅっとつかむ。
すると朔夜は、みうの手を離さないまま前に出た。

「白雪みう」

短く名前を告げるだけなのに、その場の空気がぴんと張る。

朔夜はまっすぐ仲間たちを見渡した。

「俺が連れてきた。大事にしろ」

その一言に、部屋の空気がざわっと揺れた。

みうは息をのむ。
昨日会ったばかりなのに。
そんなふうに言ってくれるなんて思わなかった。

悠が横からにこっと笑う。

「つまり、そういうことだから。みうちゃんに変なことしたら総長が怖いよ」

「いや、それ以前にしないでしょ……」

玲央が呆れたように返すと、部屋の中に小さな笑いが広がった。
そのおかげで、少しだけ緊張がほどける。

すると、ひとりの男の子がそっと前に出てきた。
やさしそうな顔をした、黒髪の年上っぽい人だ。

「俺、月華の副総長の橘蒼士。よろしく、みうちゃん」

「ふ、副総長……! よろしくお願いします……!」

みうが慌てて頭を下げると、蒼士はやわらかく笑った。

「そんなにかたくならなくていいよ。総長が連れてくる子だから、みんな最初から歓迎してる」

「歓迎してるよー」

「むしろ会えるの楽しみにしてたし」

周りからそんな声が飛んできて、みうはぱちぱちと目を瞬かせた。

「え……?」

その反応がおかしかったのか、悠が肩を揺らして笑う。

「総長、最近ずっとみうちゃんの話してたから」

「えっ!?」

みうが勢いよく朔夜を見ると、朔夜はあからさまに不機嫌そうな顔をした。

「悠」

「だってほんとじゃん。可愛いとか危なっかしいとか、ちゃんと食べてるか心配とか」

「ちょ、ちょっと……!」

みうの顔は一気に熱くなる。
そんなことを、みんなの前で。

けれど朔夜は否定しなかった。
それどころか、みうの肩を引き寄せて自分の隣にぴたりと寄せる。

「悪いかよ」

低く落ちた声に、その場が一瞬しんと静まる。

そして次の瞬間、部屋のあちこちから小さなざわめきが起きた。

「うわ、総長が隠さない……」
「本気だ……」
「やば……」

みうは朔夜の隣で固まってしまう。
でも、肩に回された腕は不思議なくらい安心した。

「座れ」

朔夜に促されてソファへ向かうと、当然みたいに朔夜が隣に座る。
しかも距離が近い。
近すぎる。

その前のテーブルに飲み物やお菓子が並べられていく。
どう見ても、歓迎する気まんまんだ。

「みうちゃん、甘いの好き?」

蒼士がそう聞いて、包みを差し出してくれる。

「は、はい……好きです」

「よかった。たぶんそうだろうと思って用意しといた」

「え……ありがとうございます」

みうが受け取ろうとした瞬間、その包みを朔夜が先に取った。

「……朔夜くん?」

朔夜は中身を確認してから、ようやくみうに渡す。

「変なの入ってない」

「誰も入れないって」

玲央が呆れて言うと、悠もけらけら笑い出した。

「過保護すぎでしょ」

「うるせぇ」

朔夜はそう言いながらも、みうが包みを開けにくそうにしているのを見ると、自然な手つきで少し端を開いてくれる。

「ほら」

「あ、ありがとう……」

「ん」

たったそれだけのやり取りなのに、部屋の空気がまたざわめいた。

「総長が開けた」
「やさし……」
「もうだめ、砂糖吐きそう」

みうは恥ずかしくて消えてしまいたかった。
けれど、朔夜の指先はどこまでもやさしくて、胸の奥が甘くほどけていく。

しばらくして、少しずつみんなが話しかけてくれるようになった。

学校のこと。
好きな食べ物。
怖いもの。
そんなたわいない話ばかりなのに、誰もみうを困らせるようなことは言わない。

それがきっと、朔夜が大事にしてくれているからだとわかった。

「みうちゃん、総長って最初怖かった?」

悠に聞かれて、みうは少し考える。

「……うん。ちょっとだけ」

「ほらやっぱり」

玲央が笑う。
けれどみうは、すぐに小さく首を振った。

「でも今は、怖くないよ」

その言葉に、部屋が静かになる。

みうは勇気を出して、隣の朔夜を見た。

「やさしいって、知ってるから」

次の瞬間、朔夜の手がぴたりと止まった。

いつも余裕そうなその顔が、ほんの少しだけ固まる。

「……みう」

低く呼ばれた声が、ひどく甘い。
みうの心臓が跳ねる。

悠が小さく口元を押さえた。

「うわ、今のは効いた」

「完全に落ちたな、総長」

玲央まで面白そうに言う。
蒼士は苦笑しながらも、どこかうれしそうだ。

朔夜は何も言わないまま、みうの手を取った。
そして、その指をやさしく握る。

「そんなこと、簡単に言うな」

「え……」

「嬉しくなって、離せなくなる」

その言葉に、みうは息をのんだ。

ここにはたくさん人がいるのに。
幹部も仲間も見ているのに。
それでも朔夜は、少しも隠そうとしない。

まっすぐで、不器用で、でも甘い。

みうは胸がいっぱいになって、そっとうつむいた。
そのときだった。

部屋の入口のほうで、急に扉が開く音がした。

「失礼しまーす。総長いる?」

聞き慣れない、女の子の声。

その場の空気が、一瞬で変わる。

朔夜の目がすっと細くなった。
悠たち幹部も笑みを消す。

みうが顔を上げると、入口には派手な雰囲気の綺麗な女の子が立っていた。
みうを見た瞬間、その子の表情がぴくりと揺れる。

「……誰、その子」

甘かった空気に、ぴんと緊張が走った。