ラブ・イン・ダーク

放課後になるまで、白雪みうはずっと落ち着かなかった。

授業中も、ノートを取りながら何度も窓の外を見てしまう。
昼休みの中庭でのことを思い出すたびに、頬が熱くなるから困る。

ちゃんと待ってる。
そう言ったのは自分なのに、いざ放課後が近づくと胸がどきどきしてしかたない。

やがて終礼が終わると同時に、教室がざわめいた。

「白雪さん、今日も来るのかな」
「絶対来るでしょ」
「え、見に行きたい!」

みうは鞄を抱え、そわそわしながら席を立つ。
友達に背中を押されるようにして校門へ向かうと、そこにはすでにたくさんの人だかりができていた。

校門の前。
黒いバイクが並び、その中心に立っている人影を見つけた瞬間、みうの心臓が跳ねる。

桜庭朔夜だ。

長い脚を組むようにして壁にもたれ、気だるそうにスマホを見ている。
その周りには、一ノ瀬悠、相馬玲央、望月凪たち幹部の姿もあった。

目立たないわけがない。
むしろ、目立ちすぎている。

「やば……本当にいた……」

みうが小さくつぶやいた、そのとき。
朔夜がふっと顔を上げた。

人混みの向こうから、まっすぐみうを見つける。
その視線が合った瞬間、周りの音が全部消えたみたいだった。

朔夜は壁から体を離し、ためらいなくみうのほうへ歩いてくる。

人の波が自然に割れていく。
そのまま目の前まで来た朔夜は、みうの顔を見るなり眉を寄せた。

「遅い」

「お、遅くないよっ。終礼終わってすぐ来たもん」

「三分遅い」

「三分だけで!?」

思わず言い返すと、朔夜はほんの少し口元をゆるめた。

「……まあ、ちゃんと来たからいい」

低い声がやさしくて、みうはまた胸がいっぱいになる。

すると後ろから、悠が楽しそうに身を乗り出してきた。

「みうちゃん、こんにちは。総長ね、十五分前から待ってたよ」

「じゅ、十五分前!?」

みうが驚いて朔夜を見ると、朔夜はあからさまに嫌そうな顔をした。

「悠、おまえ黙れ」

「えー、だってかわいいじゃん。そわそわしてたし」

「玲央」

朔夜が低く名前を呼ぶと、玲央は肩をすくめた。

「今回は俺、何も言ってないって」

凪はそんなやり取りを静かに見てから、みうに小さく会釈した。

「総長、今日は朝から機嫌が不安定だったので、来るのがわかりやすかったです」

「凪まで……!」

朔夜が珍しく少しだけ焦った声を出して、みうは思わず笑ってしまった。

すると、その笑顔を見た朔夜の目がふっとやわらかくなる。

「……そうやって俺以外にも笑うの、やめろって言っただろ」

その一言で、みうの鼓動が一気に速くなった。

昼休みの言葉を、ちゃんと覚えてた。
それがうれしいのに、恥ずかしい。

「だ、だって今のは……」

「言い訳」

朔夜はそう言って、みうの手首にそっと触れた。
びくっと肩が揺れる。

次の瞬間、その手は自然な仕草で指先まで滑って、みうの手を包みこんだ。

手をつながれた。

校門の前で。
こんなにたくさん人がいるのに。

「さ、朔夜くん……っ」

名前を呼ぶ声が震える。
けれど朔夜はまったく離す気がないみたいに、その手を少し強く握った。

「ちゃんと来たご褒美」

「ご、ご褒美って……!」

みうの顔はきっと真っ赤だ。
周りから悲鳴みたいな声まで上がっている。

「え、手つないだ!」
「うそ、やばい!」
「白雪さんほんとに特別なんだ……!」

そのざわめきに、みうはますますうつむいた。
けれど朔夜は気にする様子もなく、みうの前髪を指先でそっとよける。

「顔隠すな。せっかく見えてんのに」

「見なくていいの……!」

「俺は見る」

即答だった。

もうだめ。
胸が苦しくなるくらい甘い。

悠が後ろでにやにやしているのがわかる。
玲央も呆れ半分で笑っているし、凪は静かに目をそらしてくれている。
たぶん気をつかってくれているのだろうけど、状況が状況すぎる。

「総長、校門前でそれ以上やると騒ぎ大きくなるよ」

玲央がそう言うと、朔夜はちらりと周りを見た。
たしかに、人だかりはさっきより増えている。

それでも、つないだ手は離さない。

「……じゃあ行くか」

「ど、どこに?」

「決まってる。連れて帰る」

「え」

「その前に少し寄り道」

みうがきょとんとしていると、悠が明るく笑った。

「安心して。危ないとこじゃないよ。今日はみうちゃん歓迎会みたいなもの」

「歓迎会……?」

凪が続ける。

「月華の仲間内で軽く顔合わせをするだけです。総長が正式に連れて行きたがっていたので」

正式に。
その言葉が、妙に胸に残った。

みうが戸惑って朔夜を見ると、朔夜は少しだけ視線をそらしながら言う。

「……おまえのこと、ちゃんとみんなに知らせときたい」

「知らせるって……」

「俺の大事なやつだって」

その言葉に、みうの思考が止まる。

手をつないだまま。
夕暮れの校門で。
こんなにもまっすぐに言われてしまったら、もう逃げ場なんてない。

うれしい。
恥ずかしい。
でも、それ以上に。

朔夜の特別になれていることが、どうしようもなく幸せだった。

みうはぎゅっとつながれた手を見下ろしてから、そっと握り返す。

すると朔夜が、少し驚いたように目を見開いた。

「……みう」

「ちゃんと、行く……」

勇気を出してそう言うと、朔夜はしばらく黙っていた。
それから、今まででいちばんやさしい顔で笑う。

「ほんと、おまえかわいすぎ」

ぼそっと落ちたその声に、みうの耳まで熱くなる。

悠が後ろで小さく拍手した。
玲央は呆れたように笑い、凪はやれやれと息をつく。

けれど誰の顔も、どこかうれしそうだった。

夕焼けに染まる校門をあとにして、みうは朔夜たちと歩き出す。
つながれた手は、最後まで離れなかった。