ラブ・イン・ダーク

「おまえ、自分がどれだけ無防備かわかってる?」

「む、無防備……?」

「そういう顔で、うれしいとか言うとこ」

低く落ちる声は、責めているようで、どこか甘い。
みうの頬がみるみる熱くなる。

「だ、だって本当のことだもん……」

「……ほんとに、危なっかしい」

朔夜はそうつぶやいて、みうの顔の横の木に手をついた。

囲まれたみたいな形になって、みうは息をのむ。

「さっき教室で、おまえ見てたやついた」

「え?」

「男」

みうはぱちぱちと目を瞬かせた。
そんなの全然気づかなかった。

「たぶん、白雪ってこういうの鈍いんだろうけど」

朔夜の声は静かなのに、少しだけ刺がある。

「俺以外に簡単に笑うな」

その一言に、みうの心臓が大きく跳ねた。

「さ、桜庭くん……」

「朔夜」

「え……?」

「昨日も言った。桜庭じゃなくて、朔夜」

まっすぐ見つめられて、みうは頭が真っ白になる。
名前で呼ぶなんて、そんなの急すぎる。

でも、呼んでほしいと思っているのが伝わってきて。
その気持ちがうれしくて。

みうはぎゅっと制服の裾を握った。

「……さ、朔夜くん」

かすれた声でそう呼んだ瞬間、朔夜の表情が止まる。

しまった、変だったかもしれない。
みうが不安になった次の瞬間。

「……反則」

朔夜は小さくそうこぼして、みうの額にこつんと自分の額を寄せた。

「そんな呼び方されたら、ほんとに帰したくなくなる」

熱い。
距離も、声も、言葉も。
全部が甘すぎて、みうはもう何も考えられない。

「か、帰してくれないの……?」

思わず口にすると、朔夜はふっと笑った。

「帰すよ。まだ昼だし」

「まだって……」

「でも放課後は迎えに来る」

当然みたいに言い切られて、みうの胸がまたきゅっと鳴る。

「……毎日?」

「嫌か」

そう聞く朔夜の目は、強気なのに少しだけ不安そうで。
そんな顔をするんだ、とみうはびっくりした。

だから、今度はちゃんと首を振る。

「嫌じゃ、ないです」

「敬語」

「え?」

「俺にだけ、敬語いらない」

朔夜の指先が、みうの頬にかかった髪をそっと払う。
触れるか触れないかのやさしい仕草なのに、それだけで体温が跳ね上がる。

「もっと普通に話せ」

「む、むずかしいよ……」

「じゃあ慣れろ」

少し意地悪に言ってから、朔夜はふっと目を細めた。

そのときだった。

「総長、そろそろ限界でーす」

聞き覚えのある明るい声に、みうがびくっと肩を揺らす。
中庭の入口を見ると、一ノ瀬悠がにやにやしながら立っていた。
その後ろには、呆れ顔の相馬玲央と、静かな望月凪もいる。

「おまえら……」

朔夜の声が一気に低くなる。

悠はまったく気にせず、ひらひらと手を振った。

「いやあ、ごめんごめん。総長が甘すぎて、見てるこっちが恥ずかしくなってきたからさ」

「盗み見してたの!?」

みうが真っ赤になって叫ぶと、玲央が肩をすくめる。

「違う違う。見ようとしなくても見える位置にいたのは総長のほう」

「木の前に追い込んでたしね」

悠が追い打ちをかけると、朔夜のこめかみにぴくっと青筋が浮かぶ。

「悠、黙れ」

凪は小さくため息をついたあと、みうにやわらかく言った。

「すみません。総長、このままだと本当に昼休み中ずっと離さなさそうだったので」

「は、離さないって……」

みうが慌てて朔夜を見ると、朔夜は一瞬黙りこんでから、視線をそらした。

その横顔がほんの少しだけ赤い。

「……否定しねぇけど」

ぼそっと落ちたその言葉に、今度はみうのほうが固まる。

玲央が吹き出した。

「うわ、認めた」

「相当だね、総長」

悠が楽しそうに笑い、凪まで少しだけ目を細める。

みうは恥ずかしさでいっぱいなのに、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、こんなふうにまっすぐ想われていることが、胸の奥を甘くくすぐる。

朔夜はそんなみうを見て、小さく息をつく。

「放課後、校門で待ってろ」

「う、うん……」

「ほかのやつに声かけられてもついて行くな」

「子どもじゃないもん」

「おまえは放っておくと心配なんだよ」

その言い方が、あまりにもやさしくて。
みうは照れながらも、小さく笑った。

「……じゃあ、ちゃんと待ってる」

その返事を聞いた朔夜は、一瞬だけ目を見開いてから、ふっとやわらかく笑う。

「いい子」

まただ。
そんなふうに甘く言われたら、心臓がもたない。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
けれどみうの胸の高鳴りは、しばらくおさまりそうになかった。