ラブ・イン・ダーク

女の子の表情が固まる。

「……は?」

「聞こえなかったか」

朔夜の声は低くて静かだった。
でも、隣にいるみうにはわかる。
今の朔夜は、ひどく本気だ。

「この子に余計なこと言うな」

はっきりした拒絶。
それを真正面から受けて、女の子はわずかに眉をひそめた。

「何それ。前はそんな言い方しなかったじゃん」

「前は前だ」

「私、朔夜のことずっと見てきたのに」

その言葉に、みうの胸がまた苦しくなる。
ずっと見てきた。
その意味を考えてしまって、手が少し冷たくなった。

すると、みうの指先にそっと熱が重なった。
朔夜が、みうの手を握ってくれたのだ。

強くではなく、安心させるみたいにやさしく。

「……今、俺が見てんのはみうだけ」

低い声が耳に届く。

みうは息をのんで、隣の横顔を見上げた。
朔夜は女の子から視線を外さないまま、みうの手だけは離さない。

その姿に、胸の奥の不安が少しずつ溶けていく。

女の子は悔しそうに唇をかんだ。

「本気、なの……?」

「見てわかんねぇなら帰れ」

冷たい。
けれど、その冷たさはみうを守るためのものだと、今ならわかる。

さすがに空気を読んだのか、悠がすっと前に出た。

「今日は帰ってもらえるかな」

いつもの明るい笑顔のままなのに、声は思ったよりきっぱりしていた。

玲央も壁にもたれたまま口を開く。

「総長があそこまで言ってるし。これ以上いると、あんたもきついでしょ」

凪は静かに扉のほうへ視線を向ける。

「送ります」

三人とも、完全にみうの味方だった。

女の子はしばらく立ち尽くしていたけれど、やがてみうを見て、小さく笑った。
でもその笑顔は、少しだけ寂しそうだった。

「……そっか」

それだけ言って、踵を返す。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。

部屋の中に静けさが戻る。

けれど、みうの胸はまだどきどきしたままだった。
安心したのに、さっきの言葉が強すぎて、頭が追いつかない。

俺のだ。
今、俺が見てんのはみうだけ。

そんなふうに言われたら、うれしいに決まってる。
でも恥ずかしくて、顔を上げられない。

「みう」

朔夜の声が、さっきまでよりずっとやわらかくなる。

「顔、見せろ」

「……むり」

「なんで」

「だって……」

そこまで言って、みうはうつむいたまま小さくこぼした。

「うれしかったから……」

その瞬間、部屋の空気がまた少し変わる。
たぶん、幹部たちが息をのんだ。

朔夜はしばらく黙っていた。
それから、みうの前にしゃがみこむ。

「朔夜くん……?」

目線を合わせる高さまで下りてきた朔夜は、みうの赤くなった顔を見て、困ったみたいに笑った。

「そんな顔されたら、今すぐ連れて帰りたくなる」

「か、帰るの……?」

「ふたりで」

低く甘いその言葉に、みうの心臓がまた大きく跳ねる。

後ろで悠がぼそっとつぶやいた。

「だめだ、総長の理性が薄い」

「最初から薄いだろ」

玲央が即座に返す。
凪は小さくため息をついた。

「せめてここでは抑えてください」

そんな声が聞こえるのに、朔夜はみうから目をそらさない。

「不安にさせたか」

その問いに、みうは少し迷ってから、小さくうなずいた。

「……ちょっとだけ」

「ごめん」

すぐに返ってきた謝罪に、みうはびっくりして顔を上げた。

朔夜が謝るなんて、思っていなかった。
しかも、こんなにまっすぐ。

「でも、覚えとけ」

朔夜の指先が、みうの頬にそっと触れる。

「俺が選ぶのは、おまえだけ」

やさしいのに、逃がさない声。
その言葉が胸のいちばん奥まで落ちて、みうの目が少し熱くなる。

「……うん」

やっとそれだけ返すと、朔夜は満足そうに目を細めた。

そのとき、悠がぱんっと手を打つ。

「はい、じゃあ空気重くなる前に甘いもの食べよっか」

「切り替え早……」

玲央が呆れながらも笑うと、部屋の空気が少しずつ戻っていく。

蒼士が飲み物を新しく持ってきてくれて、凪がさりげなくみうの近くにクッションを置いてくれる。
誰も深くは聞かない。
でも、みんなが気づかうようにやさしくしてくれる。

そのあたたかさに、みうは自然と肩の力を抜いた。

朔夜はそんなみうを見て、もう一度だけ手を握る。

「今日はもう、俺のそばから離れるな」

「……うん」

今度は、少し笑って返せた。

すると朔夜も、ほんの少しだけやわらかく笑う。
その表情を見た瞬間、みうは思う。

怖いはずの人なのに。
この人の隣が、こんなにも安心するなんて。

月華のたまり場の中で。
たくさんの仲間に囲まれながらも、みうの世界は朔夜だけでいっぱいだった。