ラブ・イン・ダーク

夜の風は、少しだけ冷たかった。

白雪みうは、胸の前で鞄を抱きしめながら、人気のない裏道を早足で歩いていた。
門限はもう、とっくに過ぎている。

どうしてこんな日に限って、バイト先の先輩に仕事を押しつけられたんだろう。
小さくため息をこぼした、そのときだった。

遠くから、低いエンジン音が響く。

一台じゃない。
二台、三台。
夜を裂くみたいな音に、みうの肩がびくっと揺れた。

やがて、黒いバイクの集団が、道の先で止まる。

ヘッドライトのまぶしさに目を細めた瞬間、みうは息をのんだ。

先頭にいたのは、ひときわ目を引く男の子だった。

黒いジャケット。
少し長めの髪。
鋭い目をしているのに、どこか綺麗で、近寄りがたいほど整った横顔。

その人がバイクを降りる。

「……おい」

低く落ちた声に、みうの心臓が跳ねた。

「こんな時間に、ひとりで歩いてるとか危ねぇだろ」

怖い。
なのに、その声は不思議なくらいまっすぐ耳に入ってきた。

みうは思わず一歩下がる。

「ご、ごめんなさい……」

すると彼は、わずかに眉をひそめた。

「謝れなんて言ってねぇよ」

短くそう言って、彼はみうの前まで来る。
街灯の光が、その顔を淡く照らした。

やっぱり綺麗だ。
びっくりするくらい。

「名前」

「え……?」

「おまえの名前、聞いてる」

「し、白雪みう……です」

彼は一瞬だけ目を細めた。
その仕草すら絵になるのが、なんだか悔しい。

「白雪、か」

小さくつぶやいたあと、彼は自分の胸元を親指で示した。

「桜庭朔夜」

その名前を聞いた瞬間、みうの顔色が変わる。

桜庭朔夜。
この辺じゃ知らない人がいない。
暴走族 月華 の総長。
冷酷で近寄るなって噂の、有名人。

みうの唇が震えた。

「っ……」

怯えたのが伝わったのか、朔夜はふっと視線をそらした。

「……そういう顔されんの、慣れてる」

その一言が、思ったよりずっと寂しそうで。
みうは胸の奥がちくっと痛んだ。

「で、でも……」

「でも?」

「助けてくれた、のかなって……思って」

朔夜が、ぴたりと動きを止める。

後ろにいた月華のメンバーたちも、驚いたようにざわついた。

「あの総長に向かってその言い方」
「すげぇな、あの子……」

ひそひそ聞こえる声に、みうはさらに縮こまる。
けれど朔夜は、そんな周りを一瞥してから、みうに向き直った。