流れ星に願いをこめて。

担任の先生が教室に入ってきて、黒板に名前を書いた。

 朝倉玲央。

 その文字を見た瞬間、息が止まった。

「今日からこのクラスで過ごす、朝倉くんだ」

 教室の前の扉が開く。

 入ってきた彼は、昨日の夜と同じ、涼しげな表情をしていた。
 けれど、わたしを見つけた瞬間だけ、ほんの少し目を見開く。

 驚いているのは、わたしだけじゃなかった。

「朝倉玲央です。よろしくお願いします」

 短い自己紹介。
 相変わらず、必要なことしか言わない。

 女子たちの間から、小さな歓声が上がった。

 先生は教室を見回し、空いている席を指さした。

「朝倉くんの席は……神谷さんの隣が空いているな」

 神谷さん。
 それは、わたしの名字だった。

「紗月の隣じゃん!」

 誰かが声を上げる。

 玲央くんは、ゆっくりこちらへ歩いてきた。
 すれ違う瞬間、彼の視線がわたしに向く。

「……また会えたな」

 小さな声だった。

 わたしは平静を装って、椅子を少し引いた。

「まさか、転校してくるなんて思わなかった」

「俺も」

「俺もって?」

「昨日まで知らなかった」

 玲央くんはそう言って、わたしの隣の席に座った。

 近い。
 昨日より、ずっと近い。

 教室中の視線が集まっているのがわかる。
 でも、わたしは気にしないことにした。

 昔の約束だけで、玲央くんとの関係を決めつけたくない。
 再会したからといって、すぐに特別になれるわけじゃない。

 わたしはわたしのまま、ちゃんと向き合う。

「玲央くん」

「なに」

「ひとつ聞いていい?」

「……ああ」

「どうして、わたしのこと覚えてたの?」

 彼はすぐには答えなかった。

 窓の外へ視線を向け、しばらく黙っている。
 その横顔はクールで、何を考えているのかわからない。

 けれど、机の下で握られた手に、わずかに力が入っているのが見えた。

「忘れたことがないから」

 あまりにも静かな声だった。

 聞き間違いかと思った。

「……え?」

「紗月のこと。忘れたことがない」

 心臓が大きく鳴る。

 玲央くんは、こちらを見ないまま続けた。

「だから、昨日見たときもすぐわかった」

 胸の奥が熱くなる。
 うれしい。
 でも、それだけじゃない。

 どうして忘れなかったのか。
 どうして今まで会いに来なかったのか。

 聞きたいことは、まだたくさんある。

「じゃあ、昨日の夜……」

「偶然だ」

「本当に?」

「……たぶん」

 また、その言い方。

 わたしが笑いそうになると、玲央くんは少しだけ眉を寄せた。

「笑うな」

「だって、玲央くんらしいから」

「俺らしいって、どういう意味」

「不器用って意味」

 そう言うと、彼は一瞬黙った。

 怒ったかなと思ったけれど、やがて小さく息を吐く。

「紗月は、昔から変わらないな」

「わたしは変わったよ」

 思わず、まっすぐ彼を見る。

「昔みたいに、何でも玲央くんに合わせたりしない。聞きたいことは聞くし、嫌なことは嫌って言う」

 玲央くんは、少し驚いたようにわたしを見た。

「……強くなったな」

「そうかな」

「ああ」

 その声には、からかうような響きがなかった。

 まっすぐで、やさしい声だった。

「でも、無理はするな」

 その言葉に、胸がきゅっとなる。

 昔もそうだった。
 わたしが転んだとき、玲央くんは何も言わずに手を差し出してくれた。
 泣くなとも、大丈夫とも言わず、ただわたしが立ち上がるまで隣にいてくれた。

 変わっていない。

 クールで、不器用で、でも誰よりやさしい。

 チャイムが鳴り、先生が授業を始める。
 わたしは前を向いたけれど、隣にいる玲央くんの気配が気になって仕方なかった。

 机の端に、小さく折りたたまれた紙が置かれる。

 そっと開くと、短い文字が書かれていた。

『放課後、少し話せるか』

 わたしはペンを取り、紙の端に返事を書いた。

『いいよ。逃げないでね』

 玲央くんは紙を受け取ると、ほんの少しだけ口元をゆるめた。

『逃げない』

 その文字を見つめながら、わたしは思った。

 今度こそ、聞かなくちゃいけない。

 あの日、どうして離れてしまったのか。
 ずっと一緒だと言った約束を、玲央くんはどう思っていたのか。

 そして今も、わたしと同じ気持ちなのか。

 窓の外では、昼の空が静かに広がっていた。

 流れ星は、夜にしか見えない。
 でも、願いは昼間でも消えない。

 放課後。
 わたしたちは、止まっていた時間の続きを話す。