流れ星に願いをこめて。

「神谷、助かる。男子はどうする?」

 先生が教室を見回した、そのときだった。

「じゃあ、俺やる」

 聞こえた声に、思わず顔を上げる。

 手を挙げていたのは、玲央くんだった。

 教室のあちこちから驚いた声が上がる。
 玲央くんはそんな反応に興味がなさそうな顔で、また手を下ろした。

 まさか。
 こういう役を自分から引き受けるタイプじゃないと思っていたのに。

 放課後、さっそく実行委員の打ち合わせが始まった。
 クラスの出し物を決めたり、担当を振り分けたり、思っていた以上にやることは多い。

「神谷さん、字きれいだね」

 向かいの席で書類をまとめていた男子が、にこっと笑う。
 同じ実行委員になった隣のクラスの男子だった。

「そうかな。普通だと思うけど」

「いや、めっちゃ見やすい。助かる」

 人懐っこいタイプらしく、距離の詰め方が上手い。
 わたしが軽く笑って返すと、その男子はさらに話しかけてきた。

「神谷さんってさ、しっかりしてるよね。見た目は大人しそうなのに、芯ある感じ」

「それ、褒めてる?」

「もちろん。すごい好きなタイプ」

「え」

 あまりにさらっと言われて、言葉に詰まる。

 冗談なのか本気なのかもわからない。
 困って曖昧に笑った、その瞬間。

「神谷」

 低い声が割り込んだ。

 顔を上げると、玲央くんがすぐそばに立っていた。
 表情はいつも通り涼しい。
 でも、空気が少しだけ冷たい。

「先生、これ職員室に持ってけって」

「今?」

「ああ」

「でも、まだこれ途中」

「俺やっとく」

 有無を言わせない声だった。

 向かいの男子が、あれ、と不思議そうに玲央くんを見る。

「朝倉くんだっけ? 神谷さん借りるの?」

「少しだけ」

「ふーん」

 その男子はおもしろそうに目を細めた。
 なんとなく全部察したような顔をしているのが腹立つ。

 わたしは書類を持って立ち上がり、玲央くんと一緒に教室を出た。
 廊下に出た途端、さっきまでの空気がさらに静かになる。

「……職員室に持ってく書類って、どれ?」

「ない」

「は?」

 思わず立ち止まる。
 玲央くんは足を止めて、こちらを見た。

「ないってなに」

「嘘」

「え、ちょっと待って。今の呼び出し、嘘だったの?」

「ああ」

「なんでそんなことするの」

 問い詰めると、玲央くんはほんの少しだけ視線をそらした。
 その横顔はいつも通り無表情に近いのに、耳だけがわずかに赤い。

 まさかと思って、心臓がどくんと鳴る。

「……嫉妬した?」

 聞いた瞬間、玲央くんの沈黙が答えみたいだった。

「玲央くん」

「うるさい」

「してたんだ」

「うるさいって言ってる」

 低い声なのに、どこか余裕がない。
 その不器用さが、胸に甘く刺さる。

「だって、神谷さんが好きなタイプとか言ってた」

「言ってたね」

「笑ってたし」

「え、それ怒るところ?」

「怒ってない」

「じゃあなに」

 すると玲央くんは、数秒黙ってから、まっすぐわたしを見た。

「嫌だった」

 たったそれだけなのに、心臓が跳ね上がる。

「紗月が、他のやつにああいうふうに話されるの」

 呼吸が止まりそうになる。
 名前を呼ばれたことも、その言葉のまっすぐさも、全部がずるい。

「……それって」

「わかるだろ」

「ちゃんと言って」

 ここで逃がしたくなくて、わたしは一歩も引かなかった。
 玲央くんは少しだけ苦しそうに眉を寄せる。

 でも、逃げなかった。

「好きな子が、他の男に口説かれてるみたいで」

 そこまで言って、彼は小さく息をつく。

「余裕なくなる」

 胸の奥が、一気に熱くなる。

 好きな子。
 それってつまり。

「玲央くん、今」

「言わせんな」

「でも、ちゃんと聞きたい」

 まっすぐ見上げると、玲央くんは観念したみたいに目を伏せた。
 それからもう一度、静かにわたしを見る。

「……好きだよ」

 世界が止まったみたいだった。

 文化祭準備のざわめきも、遠くの部活の音も、全部消えてしまったみたいに聞こえない。

「ずっと、忘れられなかった」

 その言葉に、わたしの中でずっと消えずにいた想いが、やっと名前を持つ。

 うれしい。
 苦しい。
 泣きそうなくらい、うれしい。

 でも。

「返事は、今すぐじゃなくていい」

 玲央くんが先にそう言った。

「え」

「紗月がちゃんと考えて決めればいい」

 やさしい。
 こういうところが、ほんとうにずるい。

 自分だって嫉妬して、余裕なくして、勢いでここまで言ったくせに。
 最後の最後で、ちゃんとわたしの気持ちを優先してくれる。

「……ばか」

「なんで」

「そういうとこ」

 目が合う。
 次の瞬間、玲央くんの手がそっとわたしの手首に触れた。

 強くはない。
 でも、離したくないって伝わる触れ方だった。

「紗月」

「なに」

「返事、待つ」

 わたしは熱くなる頬を隠すみたいに、少しだけうつむいた。

 答えなんて、とっくに決まっている。
 でもこの瞬間を、もう少しだけ大事にしたかった。

「……ちゃんと待ってて」

「ああ」

 その返事だけで、また心がほどける。

 廊下の窓から差し込む夕暮れの光が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
 流れ星みたいに一瞬で消える恋じゃない。

 今度のこの想いは、ちゃんと未来までつながっていく。