総長の、夜よりもあぶない溺愛。

静かな深夜だった。

紗月は毛布にくるまれたまま、また浅い眠りに落ちていた。
けれど次の瞬間、夢の中であの夜の光景がよみがえる。

暗い路地。
追いかけてくる足音。
冷たい視線。
伸びてくる手。

「や……っ」

小さく震えた声と同時に、紗月ははっと目を覚ました。

息が苦しい。
胸がどきどきして、うまく呼吸できない。
怖かった記憶がまだ体に残っていて、指先まで冷たくなっていた。

「紗月」

すぐ近くで声がする。

ぼんやりした視界の中で見えたのは、蓮の顔だった。
蓮はすでにベッドのそばまで来ていて、心配そうに紗月を見つめている。

「大丈夫か」

低くて、やさしい声。
でも紗月はすぐに返事ができなかった。

「……こわ、かった……」

やっとそれだけ言うと、蓮の表情が少し痛そうにゆがむ。

「夢か」

紗月は小さくうなずく。
涙がにじみそうになって、自分でも困ってしまう。

そんな紗月を見て、蓮は一瞬だけためらってから、そっと腕を伸ばした。

「こい」

そのひと言が落ちた瞬間、紗月の胸が熱くなる。

「でも……」

「いいから」

やわらかいのに、逆らえない声だった。

紗月が少しだけ身を起こすと、蓮はそのまま自分のほうへ引き寄せる。
次の瞬間、ふわっと包まれた。

蓮の腕の中だった。

「……っ」

広い胸に頬がふれる。
背中に回された手が、ゆっくりと落ち着かせるみたいに撫でてくれる。

「もう大丈夫だ」

耳元で響く声が近い。
その低さが、震えていた心を少しずつほどいていく。

「ここには俺しかいない」

抱きしめる力は強いのに、苦しくない。
むしろ、離れたらまた怖くなりそうで、紗月はそっと蓮の服をつかんだ。

すると蓮の手が、さらにやさしく背中をなでる。

「ちゃんと息しろ」

「……うん」

「ゆっくりでいい」

言われた通りに息を吸う。
吐く。
それをくり返すうちに、ばらばらだった鼓動が少しずつ落ち着いてきた。

蓮は何も急かさない。
ただずっと、紗月を抱きしめたままそばにいてくれる。

「……蓮くん」

「ん」

「離れないで」

気づいたら、そんな言葉がこぼれていた。

自分でも甘えすぎだと思ったのに、蓮は少しも笑わなかった。
それどころか、抱きしめる腕にほんの少し力を込める。

「離れるわけねぇだろ」

低く言い切る声に、また胸がぎゅっとなる。

「怖い時は、ちゃんと言え」

「……いいの?」

「ああ」

「迷惑じゃない?」

そう聞いた瞬間、蓮はわずかに体を離して、紗月の顔を見た。

「おまえ、まだそんなこと思ってんのか」

真剣な目だった。
そのまま蓮の指先が、紗月の目元に触れる。

「迷惑なら、ここまでしねぇ」

やさしく涙をぬぐわれて、紗月の胸の奥が熱くなる。

「おまえが怖いなら、俺が落ち着くまでそばにいる」

「……ずっと?」

「朝まででも、その先でも」

前にも聞いた言葉。
でも今は、もっと深く心にしみた。

蓮はまた紗月を胸の中へ戻すと、髪を撫でる。
あやすみたいなその手つきが、ひどく甘い。

「寝ろ」

「でも、また夢見たら……」

「その時も起こせ」

「起きてくれる?」

「何回でも」

即答だった。

その言葉がうれしくて、紗月は蓮の服を握る指に少しだけ力を込めた。
すると蓮が、かすかに息をつく。

「……ほんと、危ねぇ」

「え?」

「そんなふうに頼られたら、甘やかすしかなくなる」

耳元でそう言われて、紗月の顔が熱くなる。

でも次の瞬間、蓮の唇が髪に触れそうなくらい近づいて、さらにどきっとした。

「今日は特別じゃねぇ」

「……え?」

「おまえには、最初から甘い」

あまりにもまっすぐで、紗月は何も返せなくなる。

怖い夢で目が覚めたはずなのに。
今はもう、胸に残っているのは別の熱だけだった。

蓮の腕の中はあたたかくて、安心できて、少しだけ苦しいほど甘い。
紗月はそのぬくもりに包まれながら、ゆっくり目を閉じる。

「おやすみ、紗月」

低く落ちたその声を最後に、今度こそ紗月は穏やかな眠りへ落ちていった。

そして蓮は、眠った紗月を抱きしめたまま、小さくつぶやく。

「もう誰にも触らせねぇ」

深夜の部屋に溶けるその声は、やさしいのに独占欲に満ちていた。