倉庫の扉が、勢いよく開いた。
冷たい夜気と一緒に、張りつめた空気が一気にあふれ出す。
見つかった。
その事実だけで心臓が痛いほど跳ねた。
「下がれ」
要の低い声と同時に、私はぐっと背中側へ引き寄せられる。
肩を抱く腕は強い。
逃がさないためじゃない。
守るための強さだと、もうわかっていた。
倉庫の中から複数の足音が近づく。
表側でも気配が動いている。
恒一たちも動き出したのだろう。
でも私の世界は、今は要の腕の中だけで精いっぱいだった。
「要……」
「大丈夫」
短いそのひと言が、不思議なくらい胸に届く。
階段側へ下がろうとしたその瞬間、通路の奥に人影が現れた。
逃げ道を読まれていたみたいに、こちらを塞ぐ位置。
私は思わず息をのむ。
だけど要は、少しもひるまなかった。
「紗菜、目をそらすな」
「え……」
「俺だけ見てろ」
そんなこと言われたら、余計に鼓動がうるさくなる。
でも、怖さをごまかすみたいに私は要の服をぎゅっとつかんだ。
要の目が一瞬だけやわらぐ。
次の瞬間にはまた、鋭く前を向いていた。
「こっちです」
通信機から伊織の声が入る。
「二階奥に非常通路があります。左へ」
要は即座に私の手を取った。
そのまま走る。
薄暗い通路を、夜気を切るように駆け抜ける。
足音が背後で重なる。
追ってきている。
でも要の手は少しも離れない。
「っ……」
角を曲がった瞬間、私はバランスを崩しかけた。
すぐに要の腕が腰を引き寄せる。
「だから離すなって言った」
「離してない……」
苦しいのに、そんな言葉しか返せない。
すると要がほんの少しだけ笑った。
「そういうとこ、好き」
こんな状況で言うなんてずるい。
でもその一言で、こわばっていた体から少しだけ力が抜ける。
通路の突き当たりに、古い非常扉が見えた。
伊織の言った通りだ。
けれど扉の前には、先回りしたように一人立っていた。
帽子の男。
暗がりの中でも、その気配だけでわかる。
映像に映っていたもう一人。
兄の真実につながる影。
私が立ち止まりそうになった、その前に要が半歩前へ出る。
「下がってろ」
低い声。
でも、さっきまでと少し違う。
冷静なのに、奥に熱がある。
帽子の男は何も言わない。
ただこちらを見るだけ。
まるで私を確かめるような視線に、ぞくっと背筋が冷えた。
そのとき、下の階から恒一の声が響く。
「要!」
短い呼びかけ。
それだけで空気が大きく揺れる。
男の注意がわずかに逸れた一瞬、要が私の手を強く引いた。
開いた隙間を逃さない。
非常扉へ。
「走れ」
扉を押し開けると、細い外階段へつながっていた。
海風が強く吹き込み、髪をさらっていく。
私は必死に要についていく。
一段一段を下りるたび、鉄が乾いた音を立てる。
背後の足音はまだ消えない。
怖い。
でも、止まりたくない。
止まったら全部失いそうで。
階段の途中で、要がふいに振り返った。
「紗菜」
「なに……」
息を切らしながら答えると、要は一瞬だけ私を見つめた。
「絶対に離さない」
その声は、暗い夜の中でやけにはっきり届いた。
次の瞬間、要は私の手を引いたまま、最後の段を飛ぶように下りる。
路地へ出ると、少し先に碧の姿が見えた。
「こっち!」
合流できる。
そう思った瞬間、倉庫の上階から鋭い声が落ちてきた。
「白石紗菜!」
名前を呼ばれて、全身が凍りつく。
振り返りそうになった私の頬を、要の手が包んだ。
「見るな」
目の前にあるのは、要の顔だけ。
近い。
真剣で、強くて、でも私を壊さないように見てくれている目。
「今は俺だけ見ろ」
低く言われて、私は小さくうなずくことしかできなかった。
要はそのまま私の額に、触れるだけの短いキスを落とす。
「行くぞ」
それは甘さというより、覚悟をくれる合図だった。
私はもう一度うなずいて、要の手を握り返す。
夜はまだ終わらない。
真実はまだ遠い。
でもこの手だけは、もう離したくなかった。
冷たい夜気と一緒に、張りつめた空気が一気にあふれ出す。
見つかった。
その事実だけで心臓が痛いほど跳ねた。
「下がれ」
要の低い声と同時に、私はぐっと背中側へ引き寄せられる。
肩を抱く腕は強い。
逃がさないためじゃない。
守るための強さだと、もうわかっていた。
倉庫の中から複数の足音が近づく。
表側でも気配が動いている。
恒一たちも動き出したのだろう。
でも私の世界は、今は要の腕の中だけで精いっぱいだった。
「要……」
「大丈夫」
短いそのひと言が、不思議なくらい胸に届く。
階段側へ下がろうとしたその瞬間、通路の奥に人影が現れた。
逃げ道を読まれていたみたいに、こちらを塞ぐ位置。
私は思わず息をのむ。
だけど要は、少しもひるまなかった。
「紗菜、目をそらすな」
「え……」
「俺だけ見てろ」
そんなこと言われたら、余計に鼓動がうるさくなる。
でも、怖さをごまかすみたいに私は要の服をぎゅっとつかんだ。
要の目が一瞬だけやわらぐ。
次の瞬間にはまた、鋭く前を向いていた。
「こっちです」
通信機から伊織の声が入る。
「二階奥に非常通路があります。左へ」
要は即座に私の手を取った。
そのまま走る。
薄暗い通路を、夜気を切るように駆け抜ける。
足音が背後で重なる。
追ってきている。
でも要の手は少しも離れない。
「っ……」
角を曲がった瞬間、私はバランスを崩しかけた。
すぐに要の腕が腰を引き寄せる。
「だから離すなって言った」
「離してない……」
苦しいのに、そんな言葉しか返せない。
すると要がほんの少しだけ笑った。
「そういうとこ、好き」
こんな状況で言うなんてずるい。
でもその一言で、こわばっていた体から少しだけ力が抜ける。
通路の突き当たりに、古い非常扉が見えた。
伊織の言った通りだ。
けれど扉の前には、先回りしたように一人立っていた。
帽子の男。
暗がりの中でも、その気配だけでわかる。
映像に映っていたもう一人。
兄の真実につながる影。
私が立ち止まりそうになった、その前に要が半歩前へ出る。
「下がってろ」
低い声。
でも、さっきまでと少し違う。
冷静なのに、奥に熱がある。
帽子の男は何も言わない。
ただこちらを見るだけ。
まるで私を確かめるような視線に、ぞくっと背筋が冷えた。
そのとき、下の階から恒一の声が響く。
「要!」
短い呼びかけ。
それだけで空気が大きく揺れる。
男の注意がわずかに逸れた一瞬、要が私の手を強く引いた。
開いた隙間を逃さない。
非常扉へ。
「走れ」
扉を押し開けると、細い外階段へつながっていた。
海風が強く吹き込み、髪をさらっていく。
私は必死に要についていく。
一段一段を下りるたび、鉄が乾いた音を立てる。
背後の足音はまだ消えない。
怖い。
でも、止まりたくない。
止まったら全部失いそうで。
階段の途中で、要がふいに振り返った。
「紗菜」
「なに……」
息を切らしながら答えると、要は一瞬だけ私を見つめた。
「絶対に離さない」
その声は、暗い夜の中でやけにはっきり届いた。
次の瞬間、要は私の手を引いたまま、最後の段を飛ぶように下りる。
路地へ出ると、少し先に碧の姿が見えた。
「こっち!」
合流できる。
そう思った瞬間、倉庫の上階から鋭い声が落ちてきた。
「白石紗菜!」
名前を呼ばれて、全身が凍りつく。
振り返りそうになった私の頬を、要の手が包んだ。
「見るな」
目の前にあるのは、要の顔だけ。
近い。
真剣で、強くて、でも私を壊さないように見てくれている目。
「今は俺だけ見ろ」
低く言われて、私は小さくうなずくことしかできなかった。
要はそのまま私の額に、触れるだけの短いキスを落とす。
「行くぞ」
それは甘さというより、覚悟をくれる合図だった。
私はもう一度うなずいて、要の手を握り返す。
夜はまだ終わらない。
真実はまだ遠い。
でもこの手だけは、もう離したくなかった。



