部屋の空気が、少しずつ戦うものへ切り替わっていく。
机の上には帳簿、映像データ、接触記録。
兄が残した真実が、白い光の下で静かに並べられていた。
私は要の隣に立ったまま、モニターを見つめる。
つないでいた手はさっき離れたはずなのに、熱だけはまだ残っていた。
「まず、蓮司の動きだ」
要の声が落ちると、全員の視線が机に集まる。
伊織が数枚の紙を並べた。
「接触記録の日時を追うと、月城蓮司は三つの場所を定期的に使っています」
「本宅、表のオフィス、もう一つは」
恒一が聞く。
「湾岸近くの倉庫街です。名義は別会社ですが、送金記録と一致します」
碧が肩をすくめる。
「いかにもって感じ」
「そこに黒幕側の出入りが集まる可能性が高いです」
伊織が続ける。
「映像のもう一人も、そこに現れるかもしれません」
私は資料を見つめながら、小さく息を飲んだ。
また倉庫。
また夜。
兄もきっと、こういう場所を一人で追っていたのだ。
そのとき、指先にふっと触れる感覚があった。
見ると、要の手が机の下でそっと私の指に触れている。
ほんの一瞬。
でもそれだけで、張りつめていた胸が少しゆるむ。
「紗菜」
低い声で名前を呼ばれて、私は要を見る。
「無理そうなら残れ」
言い方は冷静なのに、目の奥にははっきり心配があった。
「残らない」
即答すると、要の眉がわずかに動く。
「怖いけど、行く」
「……そうか」
短い返事。
でもそのあとで、机の下の指先を今度は少しだけ絡めてきた。
ばれないように。
誰にも見えないように。
そんな触れ方なのに、ひどく甘い。
「なら、俺のそばから離れるな」
「うん」
小さく答えると、要の口元がわずかにやわらいだ。
碧がそれを見逃すはずもなかった。
「総長、顔」
「何だ」
「甘い」
恒一が呆れたように息をつく。
伊織は何も言わないけれど、少しだけ視線をそらした。
私は一気に顔が熱くなる。
でも要は平然としたままだった。
「続けろ」
そのひと言で場を戻してしまうのが、ずるい。
伊織が画面を切り替える。
今度は倉庫街の地図だった。
「出入口は三つあります。表の搬入口、裏の通用口、二階の外階段」
「正面は使わない」
要が即座に言う。
「蓮司が本当に来るなら、警戒は固い」
「じゃあ裏から潜る?」
碧が聞く。
「いや、二手に分ける」
恒一が地図を指で叩く。
「表に気を向けさせて、その間に中を見る」
私は会話を聞きながら、みんなが本気でこの夜を終わらせようとしているのを感じていた。
月影はただ強いだけじゃない。
それぞれが役割を持って、要の覚悟の先に並んでいる。
「紗菜さんには、映像の人物を確認してもらう可能性があります」
伊織が静かに言う。
「もし現場で顔が見えたら、お兄さんの周囲で見かけたか判断できるかもしれません」
責任の重さに、喉が少しだけ詰まる。
でもその瞬間、机の下で要の指がもう一度私に触れた。
大丈夫だと伝えるみたいに、静かに。
私は小さくうなずく。
「やる」
要がわずかにこちらを見る。
その目に宿ったものは、止めたい気持ちと、信じる気持ちの両方だった。
「時間は深夜二時」
要が全員を見渡す。
「蓮司が動くならそこだ」
「準備はこっちで整える」
恒一が言う。
「監視も入れとくよ」
碧が笑う。
「総長は紗菜ちゃんから目離さない係でしょ」
「碧」
低い声が返る。
でも私は少しだけ笑ってしまった。
すると要が横目で私を見る。
「何」
「別に」
「あとで言え」
小さなやり取りなのに、胸が甘くなる。
真相の話をしているはずなのに、要の声ひとつで空気が変わる。
やがて会議がいったん終わり、みんなが準備のために動き始めた。
私も立ち上がろうとした、そのとき。
要がそっと手首をつかむ。
「ん」
振り向くと、要が誰にも見えない角度で少しかがんだ。
「怖くなったら、すぐ言え」
近い。
声も、目も、体温も全部近い。
「……うん」
「言わなくてもたぶんわかるけど」
「じゃあ聞かなくてもいいじゃん」
そう返すと、要が少しだけ笑う。
「おまえの声で聞きたい」
そのひと言だけで、また胸がいっぱいになる。
「要」
「何だ」
「私、ちゃんと行くから」
「知ってる」
「だから」
少し迷ってから、私は小さく続けた。
「……終わったら、また隣にいて」
要の目が静かに揺れる。
ほんの一瞬の沈黙のあと、要の指が私の手首から手へ滑った。
そして、今度はしっかり握る。
「終わらせて、そうする」
低く、強い声だった。
その約束を胸に、私は夜の先を見る。
次に向かう場所は危険で、黒幕に一歩近づく場所。
でももう、ひとりで震えるだけの私じゃない。
要と、月影と、一緒に進む。
甘さを残したまま、真実の奥へ。
机の上には帳簿、映像データ、接触記録。
兄が残した真実が、白い光の下で静かに並べられていた。
私は要の隣に立ったまま、モニターを見つめる。
つないでいた手はさっき離れたはずなのに、熱だけはまだ残っていた。
「まず、蓮司の動きだ」
要の声が落ちると、全員の視線が机に集まる。
伊織が数枚の紙を並べた。
「接触記録の日時を追うと、月城蓮司は三つの場所を定期的に使っています」
「本宅、表のオフィス、もう一つは」
恒一が聞く。
「湾岸近くの倉庫街です。名義は別会社ですが、送金記録と一致します」
碧が肩をすくめる。
「いかにもって感じ」
「そこに黒幕側の出入りが集まる可能性が高いです」
伊織が続ける。
「映像のもう一人も、そこに現れるかもしれません」
私は資料を見つめながら、小さく息を飲んだ。
また倉庫。
また夜。
兄もきっと、こういう場所を一人で追っていたのだ。
そのとき、指先にふっと触れる感覚があった。
見ると、要の手が机の下でそっと私の指に触れている。
ほんの一瞬。
でもそれだけで、張りつめていた胸が少しゆるむ。
「紗菜」
低い声で名前を呼ばれて、私は要を見る。
「無理そうなら残れ」
言い方は冷静なのに、目の奥にははっきり心配があった。
「残らない」
即答すると、要の眉がわずかに動く。
「怖いけど、行く」
「……そうか」
短い返事。
でもそのあとで、机の下の指先を今度は少しだけ絡めてきた。
ばれないように。
誰にも見えないように。
そんな触れ方なのに、ひどく甘い。
「なら、俺のそばから離れるな」
「うん」
小さく答えると、要の口元がわずかにやわらいだ。
碧がそれを見逃すはずもなかった。
「総長、顔」
「何だ」
「甘い」
恒一が呆れたように息をつく。
伊織は何も言わないけれど、少しだけ視線をそらした。
私は一気に顔が熱くなる。
でも要は平然としたままだった。
「続けろ」
そのひと言で場を戻してしまうのが、ずるい。
伊織が画面を切り替える。
今度は倉庫街の地図だった。
「出入口は三つあります。表の搬入口、裏の通用口、二階の外階段」
「正面は使わない」
要が即座に言う。
「蓮司が本当に来るなら、警戒は固い」
「じゃあ裏から潜る?」
碧が聞く。
「いや、二手に分ける」
恒一が地図を指で叩く。
「表に気を向けさせて、その間に中を見る」
私は会話を聞きながら、みんなが本気でこの夜を終わらせようとしているのを感じていた。
月影はただ強いだけじゃない。
それぞれが役割を持って、要の覚悟の先に並んでいる。
「紗菜さんには、映像の人物を確認してもらう可能性があります」
伊織が静かに言う。
「もし現場で顔が見えたら、お兄さんの周囲で見かけたか判断できるかもしれません」
責任の重さに、喉が少しだけ詰まる。
でもその瞬間、机の下で要の指がもう一度私に触れた。
大丈夫だと伝えるみたいに、静かに。
私は小さくうなずく。
「やる」
要がわずかにこちらを見る。
その目に宿ったものは、止めたい気持ちと、信じる気持ちの両方だった。
「時間は深夜二時」
要が全員を見渡す。
「蓮司が動くならそこだ」
「準備はこっちで整える」
恒一が言う。
「監視も入れとくよ」
碧が笑う。
「総長は紗菜ちゃんから目離さない係でしょ」
「碧」
低い声が返る。
でも私は少しだけ笑ってしまった。
すると要が横目で私を見る。
「何」
「別に」
「あとで言え」
小さなやり取りなのに、胸が甘くなる。
真相の話をしているはずなのに、要の声ひとつで空気が変わる。
やがて会議がいったん終わり、みんなが準備のために動き始めた。
私も立ち上がろうとした、そのとき。
要がそっと手首をつかむ。
「ん」
振り向くと、要が誰にも見えない角度で少しかがんだ。
「怖くなったら、すぐ言え」
近い。
声も、目も、体温も全部近い。
「……うん」
「言わなくてもたぶんわかるけど」
「じゃあ聞かなくてもいいじゃん」
そう返すと、要が少しだけ笑う。
「おまえの声で聞きたい」
そのひと言だけで、また胸がいっぱいになる。
「要」
「何だ」
「私、ちゃんと行くから」
「知ってる」
「だから」
少し迷ってから、私は小さく続けた。
「……終わったら、また隣にいて」
要の目が静かに揺れる。
ほんの一瞬の沈黙のあと、要の指が私の手首から手へ滑った。
そして、今度はしっかり握る。
「終わらせて、そうする」
低く、強い声だった。
その約束を胸に、私は夜の先を見る。
次に向かう場所は危険で、黒幕に一歩近づく場所。
でももう、ひとりで震えるだけの私じゃない。
要と、月影と、一緒に進む。
甘さを残したまま、真実の奥へ。



