要の唇が離れたあとも、熱だけはそのまま残っていた。
胸の奥がまだ甘く痺れている。
なのに、部屋の向こうでは資料をめくる音がしていて、現実はちゃんと待っていた。
「総長」
伊織の静かな声が飛ぶ。
その一言だけで、要の空気が少し変わる。
私に向ける熱は消えないままなのに、目だけがすっと冷静になる。
「……行く」
低く答えたあと、要はすぐには立たなかった。
代わりに、私の頬に触れていた指で髪をそっと整える。
「顔、赤い」
「要のせいでしょ」
「知ってる」
少しだけ笑うその顔がずるい。
さっきまであんなに甘かったのに、もう平気な顔をしている。
でもよく見ると、耳のあたりが少しだけ熱を持っている気がして、私はほんの少しだけ救われた。
「行けるか」
聞き方がやさしい。
無理に立たせるんじゃなくて、私の気持ちを待ってくれる。
「……うん」
うなずくと、要は立ち上がって、自然な動作みたいに私の手を取った。
指が絡む。
強引じゃないのに、逃がさない形だった。
部屋の中央へ戻ると、恒一がちらっとこちらを見る。
碧は口元に笑みを浮かべたまま、何も言わない。
でもその目がちょっとだけ面白がっていて、顔が熱くなりそうになる。
伊織はモニターの前で映像を止めたまま、淡々と説明を始めた。
「復元できた範囲では、白石さんのお兄さんと月城蓮司が接触していたのは確定です」
画面には兄の姿。
その隣に立つ月城蓮司。
それだけで胸が痛むのに、さらに背後にはぼやけたもう一人の影がある。
「この人物の顔はまだ出ません」
伊織が続ける。
「ですが身長と体格、それから動き方に特徴があります」
「身内の可能性は」
恒一が聞く。
「あります。ただし月城側とは限りません」
部屋の空気が少し重くなる。
黒幕は一人じゃないかもしれない。
兄を追い詰めたのは、もっと広い繋がりの中かもしれない。
私は無意識に要の手を少しだけ握った。
すると要も、同じ強さで握り返してくる。
その小さなやり取りだけで、息が少し楽になる。
「次は何をするの」
私が聞くと、要がまっすぐ前を見たまま答えた。
「蓮司を追う」
低く、迷いのない声。
「ただし正面からは行かない。証拠を固めて、逃げ道を塞ぐ」
「映像の人物も並行して洗います」
伊織がすぐに続ける。
「接触日時と移動記録が重なれば、かなり絞れます」
碧が肩をすくめる。
「地味だけど確実だね」
「確実じゃないと意味がない」
要の声は静かだった。
「今度こそ終わらせる」
その言葉を聞きながら、私は横顔を見つめた。
この人は本気だ。
家も、過去も、自分自身も切り込む覚悟でここにいる。
ふいに、要が私を見る。
「紗菜」
「なに」
「この先、もっときついものを見るかもしれない」
目をそらさないまま、要は続ける。
「それでも知りたいか」
少し前の私なら、きっと迷った。
でも今は違う。
「知りたい」
そう言ったあと、私は小さく息を吸った。
「怖いけど、知りたい。要が隠さないって言ったなら、私も逃げたくない」
その言葉に、要の目がほんの少しだけやわらいだ。
大きく笑ったりしない。
でも、うれしいと思っているのがちゃんと伝わる。
「わかった」
短い返事。
それだけなのに、胸が温かくなる。
すると碧が、ふっと楽しそうに言った。
「いいね。やっと同じ方向向いた感じ」
「茶化すな」
恒一が呆れたように返す。
「茶化してないよ。総長、さっきより顔やわらかいし」
その瞬間、要の手に少しだけ力が入った。
私は思わず横を見る。
要は無表情のままだったけれど、耳がまた少し赤い。
「……ほんとだ」
つい小さく漏らすと、要が低い声で言う。
「あとで覚えてろ」
「え」
「そういう顔で言うな」
何のことかわかって、急に恥ずかしくなる。
でもさっきまでみたいに、もう一人で赤くなるだけじゃない。
ちゃんと甘さを共有してる感じがして、少しうれしかった。
伊織が咳払いをひとつした。
「続けます」
その一言で、みんなの空気がまた切り替わる。
夜はまだ終わらない。
黒幕はまだ遠い。
兄の真実も、全部は見えていない。
それでも今の私は、さっきまでより少しだけ強くいられる気がした。
要の手がつながったままだからかもしれない。
闇の中へ進む。
でも今度は、ひとりじゃない。
胸の奥がまだ甘く痺れている。
なのに、部屋の向こうでは資料をめくる音がしていて、現実はちゃんと待っていた。
「総長」
伊織の静かな声が飛ぶ。
その一言だけで、要の空気が少し変わる。
私に向ける熱は消えないままなのに、目だけがすっと冷静になる。
「……行く」
低く答えたあと、要はすぐには立たなかった。
代わりに、私の頬に触れていた指で髪をそっと整える。
「顔、赤い」
「要のせいでしょ」
「知ってる」
少しだけ笑うその顔がずるい。
さっきまであんなに甘かったのに、もう平気な顔をしている。
でもよく見ると、耳のあたりが少しだけ熱を持っている気がして、私はほんの少しだけ救われた。
「行けるか」
聞き方がやさしい。
無理に立たせるんじゃなくて、私の気持ちを待ってくれる。
「……うん」
うなずくと、要は立ち上がって、自然な動作みたいに私の手を取った。
指が絡む。
強引じゃないのに、逃がさない形だった。
部屋の中央へ戻ると、恒一がちらっとこちらを見る。
碧は口元に笑みを浮かべたまま、何も言わない。
でもその目がちょっとだけ面白がっていて、顔が熱くなりそうになる。
伊織はモニターの前で映像を止めたまま、淡々と説明を始めた。
「復元できた範囲では、白石さんのお兄さんと月城蓮司が接触していたのは確定です」
画面には兄の姿。
その隣に立つ月城蓮司。
それだけで胸が痛むのに、さらに背後にはぼやけたもう一人の影がある。
「この人物の顔はまだ出ません」
伊織が続ける。
「ですが身長と体格、それから動き方に特徴があります」
「身内の可能性は」
恒一が聞く。
「あります。ただし月城側とは限りません」
部屋の空気が少し重くなる。
黒幕は一人じゃないかもしれない。
兄を追い詰めたのは、もっと広い繋がりの中かもしれない。
私は無意識に要の手を少しだけ握った。
すると要も、同じ強さで握り返してくる。
その小さなやり取りだけで、息が少し楽になる。
「次は何をするの」
私が聞くと、要がまっすぐ前を見たまま答えた。
「蓮司を追う」
低く、迷いのない声。
「ただし正面からは行かない。証拠を固めて、逃げ道を塞ぐ」
「映像の人物も並行して洗います」
伊織がすぐに続ける。
「接触日時と移動記録が重なれば、かなり絞れます」
碧が肩をすくめる。
「地味だけど確実だね」
「確実じゃないと意味がない」
要の声は静かだった。
「今度こそ終わらせる」
その言葉を聞きながら、私は横顔を見つめた。
この人は本気だ。
家も、過去も、自分自身も切り込む覚悟でここにいる。
ふいに、要が私を見る。
「紗菜」
「なに」
「この先、もっときついものを見るかもしれない」
目をそらさないまま、要は続ける。
「それでも知りたいか」
少し前の私なら、きっと迷った。
でも今は違う。
「知りたい」
そう言ったあと、私は小さく息を吸った。
「怖いけど、知りたい。要が隠さないって言ったなら、私も逃げたくない」
その言葉に、要の目がほんの少しだけやわらいだ。
大きく笑ったりしない。
でも、うれしいと思っているのがちゃんと伝わる。
「わかった」
短い返事。
それだけなのに、胸が温かくなる。
すると碧が、ふっと楽しそうに言った。
「いいね。やっと同じ方向向いた感じ」
「茶化すな」
恒一が呆れたように返す。
「茶化してないよ。総長、さっきより顔やわらかいし」
その瞬間、要の手に少しだけ力が入った。
私は思わず横を見る。
要は無表情のままだったけれど、耳がまた少し赤い。
「……ほんとだ」
つい小さく漏らすと、要が低い声で言う。
「あとで覚えてろ」
「え」
「そういう顔で言うな」
何のことかわかって、急に恥ずかしくなる。
でもさっきまでみたいに、もう一人で赤くなるだけじゃない。
ちゃんと甘さを共有してる感じがして、少しうれしかった。
伊織が咳払いをひとつした。
「続けます」
その一言で、みんなの空気がまた切り替わる。
夜はまだ終わらない。
黒幕はまだ遠い。
兄の真実も、全部は見えていない。
それでも今の私は、さっきまでより少しだけ強くいられる気がした。
要の手がつながったままだからかもしれない。
闇の中へ進む。
でも今度は、ひとりじゃない。



