独占愛は夜より深く。

倉庫の外に出た瞬間、夜風が熱くなった頬を冷ました。

けれど、落ち着くどころか心臓はますます速くなる。
月影のメンバーたちが次々に動き出す中、要だけがまっすぐ私のほうへ歩いてきた。

「乗れ」

低く言って差し出されたのは、黒と銀のヘルメットだった。
月影の色。
鈍く光るその色が、今夜の空気によく似ている。

「……私も本当に行くの」

「ここまで来て置いていけると思うか」

少し呆れたみたいに言われて、胸がきゅっとなる。
それは冷たい言い方なのに、見放す響きはひとつもなかった。

要が自分でヘルメットを私の頭にかぶせる。
指先が耳の横をかすめて、息が止まりそうになる。

「じっとしてろ」

顎紐を留める仕草まで丁寧で、また胸がうるさくなる。

「要って、そういうとこずるい」

「何が」

「乱暴なのに、やさしい」

その一言に、要の手が一瞬だけ止まった。
けれどすぐに留め具を整えて、低く笑う。

「おまえにだけだ」

短いのに、甘すぎる。
こんな状況なのに顔が熱くなる自分が悔しい。

少し離れた場所で、碧がにやにやしながらこっちを見ていた。
恒一は呆れたように肩をすくめ、伊織はすでに次の動きに意識を向けている。

「総長、移動中くらいは顔ゆるめすぎないでね」

「碧」

「はいはい」

軽口が飛んでも、要は気にしない。
その代わりみたいに、私の手首を取って自分の近くへ引き寄せる。

バイクのそばに立たされると、黒い車体が思った以上に大きく見えた。
怖い。
でも、要のそばにいると不思議と逃げたい気持ちにはならない。

「後ろ、ちゃんとつかまれ」

「どこに」

「俺に」

即答だった。

私はためらいながら、そっと要の背中に手を回す。
それだけのつもりだったのに、次の瞬間、彼の手が私の手首を取ってさらに深く引き寄せた。

「そんなんじゃ足りない」

「え」

「離れたら困る」

背中越しに落ちる声が、妙にやさしい。
結局私は、彼の腰にしっかり腕を回すことになった。

近い。
ぴったりと触れる距離に、さっきのキスまで思い出してしまう。

「これでいい」

要がそう言って、私の手の上に一瞬だけ自分の手を重ねた。
大丈夫だと言われたみたいで、少しだけ呼吸が楽になる。

エンジンがかかる。
低い振動が体に伝わって、夜の空気が張りつめる。

「紗菜」

「……なに」

「怖くなったら、もっとつかまれ」

「もう十分つかまってる」

「まだ足りないかもしれない」

からかわれているのかと思った。
でも要の声は本気だった。

私は小さく唇を噛んで、さらに少しだけ腕に力を込める。
その途端、要の肩がわずかに揺れた。

「……それは反則」

「え?」

「おまえが素直だと、ほんとに余裕なくなる」

そんなこと言われたら、もう何も言えない。

合図とともに、月影の数台が静かに動き出す。
先頭は恒一。
後方に碧。
伊織は別ルートで先に確認に向かうらしい。

要のバイクもゆっくり進み始めた。
夜の街の灯りが流れていく。
冷たい風が頬をなでるのに、彼に触れているところだけがずっと熱い。

怖い夜のはずなのに。
兄の真相に近づくはずなのに。
今だけは、要の背中にしがみついているこの距離が、ひどく安心できた。

不意に、片手を離した要が後ろへ伸ばし、私の指先に触れる。
確かめるみたいに、軽く握る。

驚いて顔を上げると、彼は前を向いたまま言った。

「ちゃんといるな」

そのひと言に、胸がいっぱいになる。

ただそばにいることを、こんなふうに大事にされたことなんてなかった。

「……いるよ」

風に消えそうなくらい小さな声だったのに、要には届いたらしい。
彼の肩越しに、少しだけ笑った気配がした。

「ならいい」

それだけで、また鼓動が速くなる。

夜の道を進みながら、私はそっと目を閉じた。
闇の中へ向かっているのに、こんなにも甘い。
危険の前なのに、こんなにも離れがたい。