エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

「いえ……ほんと、何が出来るか分かりませんが、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ。我が愛しの聖女様……」

そして何故か再び唇が迫る。
瞬時に手で塞ぎ顔を押し返せば、耳の垂れた子犬のように寂しげな目をされた。

ーーーーバルトの顔を見ると、まるでこっちが悪いみたいだ。

しかも気のせいだったかと思うほどに殺伐とした雰囲気は一抹も残さず完全に消えていて、先ほどからずっとツッコまされている。

食えない人だ。
罪悪感を抱かせるプロなのか、先ほどのあれもこれも意図的だとすると末恐ろしい。

「というか、さっきからさり気無くキスしようとしてますけど、今の流れでどうして良いと思ったんです?」

「駄目でした?」

「駄目ですよ!!」

バルトは悪びれもせず喜色を孕む笑みを零した。

「聖女様の気を引きたいだけなのに。それに魅力的な唇を前に我慢が出来る男がいると思いますか?」

「私の世界の人達はわりと節度ありますけどね……というかですね……」

紗希が眉を顰めて咳払いした。

「なんですか?聖女様」

それだ。

「その聖女様っていうのは止めてくれませんか?私の名前は早乙女紗季なので、出来れば紗季と呼んで欲しいです」

紗季は先月で二十七になったばかりだ。

個人的な感覚にもよるのだろうが、もう聖女と呼ばれて舞い上がるような歳でもない。なんならずっとムズムズとしている。

するとバルトは顎を引き、言葉を詰まらせたかと思うと、唇を上擦らせ照れたように双眸を伏せた。
それから溜めていたものを逃すように長い息を静かに零した。

「――なんて爽やかで凛とした響きだろう……しかし聖女様のお名前を呼ぶなど畏れ多いですよ。俺には出来ません」

本当に一体何を言ってるのだろう。

抱き上げることも髪に口付けることも出来たのに、どうして名前で照れているのか。

こちらの方がよほどハードルが低い気がするのに、価値観の違いなのか……それとも世界観の違いなのか、頬を染め俯かれる始末。

「じゃあ、はい……分かりました。いいです。そのままで」

分からないけれど、ここはもう了解したことにしておこう。

バルトの大袈裟な反応に対し、呼び名一つにごねる方が大人気ない気がしてきた紗希は明後日を見つめつつカタコトで返すと頷いた。

するとバルトは僅かに顔を上げて眩しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。聖女様」
「いえ……」

それから彼はしみじみとした口調で告げた。

「……七年、この日だけを夢見てました……最後まで共にしてくれると許可を頂けて本当に嬉しいです」

まるで大切なものを扱うかの如く抱えられたまま紡がれる。その言葉に紗季は一切の言葉を飲み込んだ。

小説の更新が止まったのは紗季がまだ大学生だった頃。

きっと、七年というのは更新が止まってからの年月だろう。

たまに思い出してはページを開き確認するという何気ない癖が意外と長く続いていたことを実感すると同時に、バルトにとっては動かなかった七年だったのだと理解した瞬間だった。

何とも言えない気持ちになって無意識に眉尻は下がる。

「バルトさん……」

「では行きましょうか聖女様。俺達の式の相談もしないと」

「……はい?」

「ドレスは城の案内の後に作りましょう。いや、その前に食事か……不思議と久しぶりに腹が減ってきた気がする。聖女様はいかがですか?」

キラキラ、というよりギラギラとした野生的な眼差しで見つめてくるバルトの姿に、紗希は喉奥を密かに鳴らしたのだった。