エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

――――大いなる力と聞いて、ここがもし現代ならば『この人、大丈夫かな』とドン引きしていたことだろう。
しかし今、紗希の脳裏に過ったのは作者の存在だった。

「この先に転移魔法陣があります。転移先は魔王城の第一層。外と繋がる唯一の階層です。俺はそこに転移出来た試しがない。この城から、抜け出すことが出来ない……」

そう告げたバルトレッドの雰囲気は先ほどとは明らかに異なり、殺伐としていた。

城から抜け出せないという部分に関して思いつくことといえば、作者が続きを書いていないから……なのかもしれないが、今のバルトレッドを前にして迂闊にそんな事は口に出来なかった。

その表情は怒りだけでなく、悲しみ、憂いといった複雑なものを感じさせる。

「……勝手に召喚したことは申し訳ありません。ですが愛する聖女様に最後までついてきて欲しかった。俺の母の故郷では、聖女は運命を凌駕する存在ですから……」

なるほど、結末まで導く存在が欲しいといった意味合いだったのか。

バルトレッドとしては、聖女ならそれが出来ると考えているらしい。
であるなら尚更である。紗希は頭を悩ませた。

バルトレッドが呼ぶべき聖女というのは、やはり作者の方ではないだろうか。

紗季自身の混乱はひとまず収まりつつあったが、苦し気に紡がれた台詞に対し、かける言葉に迷ってしまう。

とはいえ人違いであることはきちんと伝えるべきだろう。紗季は聖女でも、作者でもない。バルトレッドを結末に導く存在にはきっとなれない。

「あの。私としてはやっぱり人違いだと思います。何の力もないので聖女じゃないですし……結末に連れていく事も、きっと出来ません」

エタってしまった後の展開など作者に頭の中にしか存在しないのだから。
どう着地するつもりだったのか分からない紗希には完結させるための手伝いが出来ない。

しかしバルトレッドは首を横に振った。

「それは有り得ないですね。大丈夫ですよ、聖女様ならきっと出来ます」

「そう言われても……」

「最後まで辿り着いた暁には、元の世界の召喚時間まで戻しますから。どうか付き合ってください、聖女様」

ーー戻れるのか。

帰れないわけでないのなら、これはさほど悲観するほどの出来事ではないのかもしれない。しかも召喚時間とはなんとも都合がいいもので……そんな風に明るい兆しを見出しかけたが、待てよと眉を顰めた。

「帰せるなら、いったん私を解放して然るべき人材に頼んでくださいよ……」

それがお互いのためだろう。

「出来ませんね。召喚には膨大な魔力を使います。召喚者はさっき昼寝に入ったので、仮に叩き起こせたとしても直ぐには無理ですし」

「なら回復されてからで良いので……」

「俺が嫌です」

「人でなし!!」

確かにこれは悪辣勇者だ。

つい先ほどまで悲壮感に溢れていたかと思えば、今ではねっとりとしたいやらしい笑みを浮かべている。

なんだか深刻に考えたことが馬鹿らしくなって紗希は溜息を零した。

元の世界に帰れるか否かがこの人の心一つで決まるというのなら、彼の気が済むまで付き合う他ないのかもしれない。