エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

執務室に広がった緊迫した空気。
堂々たる出立ちでバルトを挑発した霊蟲公は、剣を持ち出されても尚その表情を変えなかった。

むしろどことなく興味深そうに瞳の奥を光らせている。

「堪えてください。魔王様が率先して法を破られると魔王領が混沌とします」

淡々としてエギルは言うが尻尾の方がクタクタと揺れており、彼女の中に焦りがあることは明らかだった。

実際、今のバルトには取り付く島がない。そんな苛烈な勢いで、憎悪に満ちた視線が霊蟲公へ向けられている。

「どうでもいい。俺はこいつが心底嫌いだ」

「バルトさん駄目ですよ。絶対動いたら駄目ですからね!!」

紗希は掴んだ腕を引き寄せるように自分の腕を巻きつけ牽制する。一切を削ぎ落とし今必要なシンプルな言葉だけを浴びせると、バルト一度こちらを見て一瞬だけ迷いの色を見せると固かった身体に力が抜けてゆくのが分かった。

あれだけ聖女聖女と囃し立てていたのだから、それぐらい聞く耳を持ってもらなければ。

しかし紗希の言葉虚しく、落ち着きつつあったバルトに対して霊蟲公はどういう意図か、豪快に笑いながら追撃をかけてきた。

「ガハハッ!!まだ蟲籠に閉じ込めた時の事を根に持ってらっしゃるな。あの時と同じ眼になってますぞ。いい加減、水に流すぐらいの気概を見せて欲しいもの……魔王様は誠に狭量でかないませぬ」

霊蟲公はわざとバルトを怒らせようとしているとしか紗希には思えなかった。

巨躯の傍でモーニングコートを引っ張っていたストラスは、信じられないとばかりに黄色の瞳を大きく開き顔を歪める。

「デ、デリカシーなさすぎ……トラウマなのに……最低」

蟲籠のトラウマ。
五層の鋼鉄の迷宮は鋼鉄で出来た蟲達が生息する魑魅魍魎の地帯だという。そこへ虫カゴとくれば、嫌なイメージしか湧かない。

「それに臆病者でもあらせられる」

「霊蟲公!!」

エギルはついに冷たい声を荒げた。

「絶対に葬る」

紗希が絡みついて引き留めていたバルトの腕に再び強張ってゆくのが分かった。

本当に、一体どういうつもりなのだろうか。

霊蟲公は一瞬だけ視線を後方へやると、顎髭を撫でながらのんびりと言った。

「やはりここは我が聖女様を案内しましょう。どうせ放っておけば自分の手元に置いて閉じ込める気でしょうからな」

バルトを見透かしたような怪しげな台詞。
それを噛み砕くよりも早く、霊蟲公は紗希に視線を移しニヤリと口角を持ち上げた。

「さぁ聖女様、我と共に行きましょう」

言うや突如、天井が抜け埃と石屑が舞う煙と共に天井裏にいた何かが紗希に向かって白い糸を吐き巻きつける。

一瞬だった。

「はっ、え……っう、え……ええぇ!?!?離してくださいっ!」

そう、一瞬のうちに拘束されたのだ。
百八十度、床と天井が逆になって目を白黒させて絶叫した。

「聖女様っ!!」

バルトの声が聞こえた気がしたが、直後に青白い光が身体を包み込む。あまりに眩しすぎて、何が起きているのか把握しきれず目を瞑った。