エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

「追い返せ。脚を切り落としてもいい。あの爺さんに見られると聖女様が穢れる」

バルトは心底嫌そうに顔を歪め、しっしっと片手で追い払う真似をする。

「誰ですか?その霊蟲公という方は」

二人に問えば「気にしないでください」というバルトに対し、エギルがすかさず答えた。

「五層の鋼鉄の迷宮の管理者です。魔王様の次に力のある魔物がこの城では管理者を務めているのです」

「余計なことを言うな」

淡々と説明するエギルに対しバルト睨みをきかせたがあまり通じていない。むしろエギルはバルトの視線を無視して扉を見遣る。

「魔王様、残念ながら対処に失敗しましたので、もういらっしゃってます。申し訳ありません……私の従魔では止められませんでした」

エギルの足元では彼女の影が弱弱しく揺れていた。

その直後にドォンと大きな音を立て、執務室の扉が破壊された。

そして低く唸るようなしゃがれた声が響いた。

「魔王様、霊蟲公が参りましたぞ!」

現れたのは、軍人さながらの削ぎ落とされた鋭い顎に白い髭が特徴的な、貴族風の出で立ちをした年嵩の男性だった。

豪胆な気迫で現れ、きっちりと整えられた白髪に、重厚感のあるモーニングコートを羽織ったスーツの上からでも分かる強靭な肉体を感じさせる体躯で彼は豪快に笑った。

「ガハハっ!嫌にもったいぶるではありませんか。大切な伴侶であれば我ら管理者一同でお迎えしたものを!なぁ、ストラスよ」

そして機嫌よく後ろを振り返る。

ストラスと呼ばれた人物は霊蟲公の後ろから顔を覗かせ会釈したが、かたやこちらは酷く怯えていた。

「……ぼ、僕は別に……魔王様にもお考えがあるのでしょうし……急かすつもりじゃなかったのに……最低」

何なら肩を小刻みにぐずぐずと啜り泣いていている。

その姿は一見して細身で小柄な少年だったが、ハーフパンツから見える脚は鳥そのもの。茶色や白に斑点が混じる翼のような腕で気まずそうに口元を隠している。

そしてストラスが視線を逸らすと霊蟲公は陰鬱とした雰囲気を漂わせる彼を叱りつけた。

「軟弱者め!昨日はお前も気になると言ってたではないかっ。相変わらず度胸のない奴だ」

その言葉に唇を上擦らせたストラスは、バルトに向かって今度は深々と頭を下げる。

「魔王様、僕は無理やり連れて来られたんです……公爵は脳筋だから……蟲しか入ってないから分かってないんです……あの、僕、もう帰りますね……」

言い方は弱弱しいがはっきり主張するとストラスは猛禽類のような黄色い瞳を潤ませながら、しかし紗希の存在は気になるようでちらちらと視線を寄越す。

すると先ほどまで無言で射るように二人を睨んでいたバルトがやっと口を開いた。

「あぁ、霊蟲公も連れて帰れ。聖女様の目が汚れる」

「はい……」

しゅんとして、「だから言ったのに……」と霊蟲公を涙目で睨む。

バルトの言葉を受けてストラスが背中を見せるので、紗希はハッと我に返り、慌てて訴えた。

「汚れませんから止めてあげてください!!」

「――聖女様、お初にお目にかかります。我は霊蟲公。魔王様の配下にして五層から七層の管理を務めております。慈愛に満ちたあなた様に、我が配下の蜘蛛を救っていただけたこと大変恐縮至極でございます。ようこそ魔王城へ来てくださいました。管理者一同に変わり歓迎申し上げます」

咳ばらいをした霊蟲公は、紗希達の前で片膝を引き胸元に手を当てると深々と状態を折り曲げた。

そしてその隣でストラスが両手をもじもじと胸の前で組みながら軽く会釈し続けて名乗る。

「ストラスです……第一層と城門の管理をしています……星読みと薬草のことなら僕にお任せください……魔王城へようこそ」

二人とも好意的に見てくれているようで、終始にこやかな表情を浮かべていた。

先ほど半泣き状態だったストラスも今や頬を上気させている。

その二人を相変わらず不機嫌な顔で見遣るバルトを目尻に、紗希は目を細めた。

「紗希と申します。歓迎いただいてありがとうございます。霊蟲公様については、蜘蛛の件でお騒がせしました」

「いやいや。可愛い我が子を断りもなく攫うのが魔王様でございます。またやられたかと嘆いておりましたが、無事に戻ってきたので何も問題ございませぬ。その調子で魔王様を諌めていただければ安泰です」

棘のある含みを持たせてバルトを盗み見た霊蟲公は、それからすかさず言った。

「よろしければ是非、城の案を私めが……」

「駄目だ」

バルトの凍てついた声が力強く響く。

「良いではないですか」

霊蟲公はにこやかに笑う。

「絶対に許すか。帰れ」

「狭量な男は嫌われますぞ」

「なに……?」

いよいよバルトは眉を上下に胡乱な眼差しで紗希の前に進み出て殺伐と問う。

「どこが狭量だ。そもそも俺はお前達の願いに付き合ってやってるだろうが。毎日魔王の椅子に座り、問題があれば対処している」

「それは仕事ですからな」

霊蟲公は平然と答え、紗希は不穏な空気を感じていた。

「こっちは勝手な役職を押し付けられ迷惑なんだ。他人を散々追いかけ回しておいて、いきなり魔王に認めたと言われてもな」

狭量問題から発覚した魔王の就任事情。バルトは望んで魔王になったのではなかったのだ。

吐き捨てるように告げるバルトに同情したものの、しかしふと冷静になって紗希は眉根を寄せた。

ーーこの人、私に全く同じことしてるのに気付いてないんだろうか。

「魔王の座に不満ですかな。また我に追いかけ回されるよりマシなのでは?色恋だけでなくそういうところも狭量だとは嘆かわしい……」

わざわざ挑発するように返す霊蟲公のマントをストラスが無言で引っ張っているが気付かれていない。

バルトは遂に声を荒げ、踵を返すと執務室の壁に掛けてある剣を掴む。

「お前が消滅するまで切り刻んでやる」

「おっ、落ち着いてください!!」

紗希は強引にバルトの腕を掴み、エギルとストラスが怜蟲公を抑えた。

「聖女様の言う通りです。お二人とも挑発し合うのはおやめください。同胞同士の死闘は禁じられています」

エギルが冷静に告げる。

「俺はお前らの同胞じゃない。その法も俺には関係ない」

肩をわなわなと震わせるバルトだったが。しかし紗希の手を振り払うことはなかった。

執務室には緊張感が張り詰めている。

これはもしかすると、紗希が思う以上にバルトの闇は深いのかもしれない。