紗希の足元では糸を提供してくれた鋼鉄の蜘蛛がおずおずと顔を出している。
最初に見た時は、その大きさに驚いたが、既に氷漬け姿を立体パズルした仲なのでモンスターといえど悍ましさはさほど無い。
採取を終えたあとの蜘蛛は特に危害を加えてくる様子もなく、エギルからは「聖女様に恩を感じているようです」とまで言われた。
――こちらの都合に巻き込まれただけなので、恩義など感じる必要はないのに。
しかし、その蜘蛛はどうやら懐いてくれたらしい。
柄にもなく複雑な表情が鏡に映り、紗希はため息を溢してからいつもの顔に切り替えた。
あとはバルトだ。
「エギルさん、バルトさんの居場所は分かりますか?」
「はい。こちらに向かって物凄い勢いで……いま到着されたようです」
衣装部屋を出ると、ちょうど会いたいと思っていた姿がそこにはあった。
土でもついているのか、バルトの顔は少し顔が汚れている。
「聖女様……そのお姿はっ……」
バルトは唖然として目を見開いていた。
驚くのも無理ないだろう。さっきまで白いドレスなど要らないと言った女が、その色を身につけているのだから。
バルトの透き通る銀髪よりも更に光を吸い込む真っ白な輝かしいドレス。結婚するつもりのなかった紗希にとって縁のない衣装を、想像とは違ったかたちで身に着けていた。
とはいえ、これは単純に紗希なりの歩み寄りのサイン。
自分だけが間違っているとは言いたくないが、バルトの”聖女は白”という強い概念に対するアンサーでもある。その証拠に傍らにはデカい蜘蛛が一匹。むしろ一体と数えるべきか。
「さすが至高のお方だ。なんて尊い……俺を見捨てないだけの慈悲深さに溢れている」
バルトは感嘆として紡いだ。
大袈裟過ぎて誰か別の人の事を言っているように聞こえるが、先ほどの危うい雰囲気が霧散していて今はむしろ安堵する。
「さっきはすみません。いきなり、”要らない”なんて極端なこと言って」
紗希は自分の言葉足らずについて、背筋を伸ばしたあと気まずさを打ち消すように整然と告げた。それからバルトの瞳に視線を重ね訊ねる。
「この蜘蛛、元気そうなので五層に帰していいですよね」
紗希の足元の蜘蛛は怯えた様子で背後に隠れる。実際には隠れきれてないのだが、バルトを前に委縮しているのは明らかだった。
「……聖女様の望みなら」
バルトは難しいで逡巡したのち、くしゃりと破顔させて純粋な笑みを見せた。紗希はほっとして背後の蜘蛛に視線をやった。
それから紗希の前に歩み寄ると片膝をつき胸元から何かを取り出す。
「これは俺からのお詫びの品です。バイオレットダイヤモンドを……鉱石ならあなたも心が痛まないかと」
バルトの手の中には紫に輝く小さな石があった。まだ研磨されていない、天然物である。
「もしかして今採掘に……?」
「はい。……傷つけてしまったようなので」
「……なんだか、バルトさんって……」
「はい」
突然出て行ってしまって何をしていたかと思えば、どうやら本当にこの人の頭の中には“聖女様“のことしかないらしい。
まぁその聖女は読者である自分であるはずがないので、心を割く相手を間違っているのだが。
しかし今だけはそれを敢えて言う必要もないかと思うほどに、強張っていた気持ちが解れた紗希は喜色滲ませ首を振った。
「――いえ、やっぱりなんでもないです。私のためにありがとうございます」
「加工したら身に着けていただけますか?」
「はい」
先ほどと打って変わって殊勝な態度を見せる変わり身の速さに、恐ろしさが全くないわけではないが、仕方のない人だと頷いた。
これも含めて七年の最後が生み出したバルトなのかもしれない。
小説は更新されていなかったけれど、この世界で彼の人格だけは更新された。
それから紗希の了承の意を受け取ったバルトは瞳を溶かしうっとりと告げる。
「婚約指輪として立派なものを仕上げさせますね」
「はい?」
「せっかくだから守護の魔法も付与しておこう。攻撃魔法もあった方がいいな……聖女様に男が触れた場合に雷槍が降るようにしよう」
「……重くしないでください!!!」
撤回しなければならない。
仕方のない人ではない。
少しバルトを分かった気になりかけた自分を紗希は心底恥ずかしむと声を上げた。
やはりこの人を理解するのは難しすぎる。
最初に見た時は、その大きさに驚いたが、既に氷漬け姿を立体パズルした仲なのでモンスターといえど悍ましさはさほど無い。
採取を終えたあとの蜘蛛は特に危害を加えてくる様子もなく、エギルからは「聖女様に恩を感じているようです」とまで言われた。
――こちらの都合に巻き込まれただけなので、恩義など感じる必要はないのに。
しかし、その蜘蛛はどうやら懐いてくれたらしい。
柄にもなく複雑な表情が鏡に映り、紗希はため息を溢してからいつもの顔に切り替えた。
あとはバルトだ。
「エギルさん、バルトさんの居場所は分かりますか?」
「はい。こちらに向かって物凄い勢いで……いま到着されたようです」
衣装部屋を出ると、ちょうど会いたいと思っていた姿がそこにはあった。
土でもついているのか、バルトの顔は少し顔が汚れている。
「聖女様……そのお姿はっ……」
バルトは唖然として目を見開いていた。
驚くのも無理ないだろう。さっきまで白いドレスなど要らないと言った女が、その色を身につけているのだから。
バルトの透き通る銀髪よりも更に光を吸い込む真っ白な輝かしいドレス。結婚するつもりのなかった紗希にとって縁のない衣装を、想像とは違ったかたちで身に着けていた。
とはいえ、これは単純に紗希なりの歩み寄りのサイン。
自分だけが間違っているとは言いたくないが、バルトの”聖女は白”という強い概念に対するアンサーでもある。その証拠に傍らにはデカい蜘蛛が一匹。むしろ一体と数えるべきか。
「さすが至高のお方だ。なんて尊い……俺を見捨てないだけの慈悲深さに溢れている」
バルトは感嘆として紡いだ。
大袈裟過ぎて誰か別の人の事を言っているように聞こえるが、先ほどの危うい雰囲気が霧散していて今はむしろ安堵する。
「さっきはすみません。いきなり、”要らない”なんて極端なこと言って」
紗希は自分の言葉足らずについて、背筋を伸ばしたあと気まずさを打ち消すように整然と告げた。それからバルトの瞳に視線を重ね訊ねる。
「この蜘蛛、元気そうなので五層に帰していいですよね」
紗希の足元の蜘蛛は怯えた様子で背後に隠れる。実際には隠れきれてないのだが、バルトを前に委縮しているのは明らかだった。
「……聖女様の望みなら」
バルトは難しいで逡巡したのち、くしゃりと破顔させて純粋な笑みを見せた。紗希はほっとして背後の蜘蛛に視線をやった。
それから紗希の前に歩み寄ると片膝をつき胸元から何かを取り出す。
「これは俺からのお詫びの品です。バイオレットダイヤモンドを……鉱石ならあなたも心が痛まないかと」
バルトの手の中には紫に輝く小さな石があった。まだ研磨されていない、天然物である。
「もしかして今採掘に……?」
「はい。……傷つけてしまったようなので」
「……なんだか、バルトさんって……」
「はい」
突然出て行ってしまって何をしていたかと思えば、どうやら本当にこの人の頭の中には“聖女様“のことしかないらしい。
まぁその聖女は読者である自分であるはずがないので、心を割く相手を間違っているのだが。
しかし今だけはそれを敢えて言う必要もないかと思うほどに、強張っていた気持ちが解れた紗希は喜色滲ませ首を振った。
「――いえ、やっぱりなんでもないです。私のためにありがとうございます」
「加工したら身に着けていただけますか?」
「はい」
先ほどと打って変わって殊勝な態度を見せる変わり身の速さに、恐ろしさが全くないわけではないが、仕方のない人だと頷いた。
これも含めて七年の最後が生み出したバルトなのかもしれない。
小説は更新されていなかったけれど、この世界で彼の人格だけは更新された。
それから紗希の了承の意を受け取ったバルトは瞳を溶かしうっとりと告げる。
「婚約指輪として立派なものを仕上げさせますね」
「はい?」
「せっかくだから守護の魔法も付与しておこう。攻撃魔法もあった方がいいな……聖女様に男が触れた場合に雷槍が降るようにしよう」
「……重くしないでください!!!」
撤回しなければならない。
仕方のない人ではない。
少しバルトを分かった気になりかけた自分を紗希は心底恥ずかしむと声を上げた。
やはりこの人を理解するのは難しすぎる。



