エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

エギルに案内された部屋に足を踏み入れると、そこには複数の肖像画が飾られてあった。

「……これらは歴代の魔王達の御姿です。過去の肖像画はここで保管していまして、こちらに向かって一番端にあるのが前魔王レギオス様でございます」

そこには青い長髪を後ろでゆったりとまとめている細身の男性の姿があった。
バルトレッドがバランスの取れた美丈夫だとすると、レギオスは女性と見紛う程の中性感が際立つ美しさがある。

頭部にはごつごつとした角が二本、下に向かって渦を巻くように伸びていてる。一見儚げな雰囲気で、やや垂れ目の青い瞳は深い海を彷彿とさせた。背中にはその見た目と不釣り合いな雄々しい蝙蝠のような羽を持ち、肖像画の中のレギオスはそれを悠々と広げていた。

「こんなナヨナヨしい見た目ですが、魔力量は歴代魔王の中でも随一でした。ただし、気紛れで面倒くさがり、大雑把でだらしがない。とにかく自堕落な性格でして、そういったところが油断を生んだのかもしれません」

散々な言われようだが、エギルが肖像画を見つめる瞳には暖かさがあった。

「エギルさんはレギオス様のことが大切だったのですね」

「ま、まさか……あのような駄目悪魔は討たれて当然。絶望を知っていたバルトレッド様の覚悟に押し負けたのは至極当然のことなのです」

取り繕う姿を微笑ましく感じる一方で、不穏な言葉が過り紗希はエギルを見た。

魔王と勇者、悪魔と人間。
羽を持つものと持たざる者。

バルトも魔法は使っていたが、実際どちらが有利なのだろう。種族の違いを超えるなにか、神器的なものでもあるのだろうか。

事実、魔族のエギルは人間と違って首を刎ねられても死なない。勝手な想像だが優位性は魔族の方に偏っているように思えてしまう。

「でもレギオス様の魔力は歴代最高だったわけですよね?……バルトさんは、それほどに強いということですか?」

バルトはどうやってレギオスを倒したのか。

「単純な力ではレギオス様の方が格上です。しかし唯一、我々の持っていない力を彼の方は持っていました。バルトレッド様は不死者なのです」

これまでのバルトの『止まったまま』という言動や、先程立てた仮説が現実味を帯びてきた気がした。

「不死者は厄介です。バルトレッド様の場合は血肉を裂いても消滅しない。滅せないということは裏を返せば負けないということ。力をつけたバルトレッド様にレギオス様が討たれ、残された我々は彼の方を討伐しようとしましたが、やはり殺しても死なず……そして一年前に諦めて彼を魔王として正式に認めました」

一年前。つい最近ではないか。

そんなにも長い間、バルトはひとり戦っていたということか。紗希は言葉を失っていた。

あまりに孤独で、過酷過ぎる。

もしも辻褄合わせで止まっているのだとしたら、一番困るのはキャラクターが死ぬことだろう。

それを防ぐために不死身となってしまったのなら……なんて辛い人生なのか。

「……一体なんの話を?」

ふと、背後で冷めた声が響いた。

振り返るとバルトレッドが錆びた色の大型の蜘蛛を抱えて立っている。生け取りにしたようで長い足を縛り上げているものの蠢いているのが分かった。

それにしても早過ぎる。

肌感覚だが、まだ三十分と経っていないはずだ。迷宮と聞いて広大なダンジョンのようなものを安易に想像したが、もしかすると意外と狭いのかもしれない。

「聖女様が魔王様に興味をお持ちでしたので、私の知ることをお伝えいたしました」

エギルは静かに答えた。

バルトからはピリピリとした緊張感が漂っており、とにかく苛ついている様子だった。

踏み入れてはいけない場所に来てしまったのか。先ほどのエギルの話から察すると死闘を繰り広げた相手の肖像画は地雷だったのかもしれない。

「だとして、何故こいつの姿を見せる。聖女様が視界に入れていい男は俺だけだ」

「至らず申し訳ございません」

――そっちかぁ……。

聖女中心に回っているバルトの思考に慣れてきたせいか、さほど反応することなく紗希は一歩寄って申し出た。

呆れと溜息を滲ませて。

「バルトさん。私が見たいと言ったんです。というか他人の視界に制限かけないでください」

しかし慣れたと感じたのは間違いだったらしい。
バルトは蜘蛛を振り上げ床に叩きつけて、信じられないとばかりに言ったのだ。

「そんな……恋に落ちたらどうするんですか」

「落ちませんよ!!」

思わず声を張り上げていた。

他人を勝手に惚れっぽいやつ扱いするのは如何なものか。
それに、そもそも前提が間違っている。

「……愛とか恋とか物語だけで十分なんで」

紗希は呟き、視線を眇めバルトを見遣ると肩で大きく息をついた。

「聖女様?」

「とにかくバルトさんは心配しすぎです。それよりその蜘蛛って、本当に白い糸を吐くんですか……」

床に転がる錆色のゴツゴツした蜘蛛は、可哀想に紫の泡を吹いていた。