「……分かりません」
私は正直に答える。そして、我慢できずに踏み込んで尋ねてしまう。
「先輩は今まで、本気で誰かを好きになったこと、あるんですか?」
自分で聞いておきながら、答えを聞くのが少し怖かった。
須藤先輩は、しばらく黙り込んだ。
夕方の蝉の声だけが、やけに大きく響く。
「……どうだろうね」
はぐらかすような答えに、私は小さく落胆する。
「今まで、彼女って呼べるような相手はいたけど。本気で好きになったことがあるかって聞かれると……正直、分からない」
「そう、ですか」
「なんか、いつも上手く距離を詰められないっていうか。誰かを好きになるのが、ちょっと怖いんだよね」
その言葉には、いつものからかうような軽さがなかった。
私はそれ以上、何も聞けなくなってしまった。
「咲奈ちゃんは、前に話してくれた、告白したっていう人のこと以来、誰かを好きになったりした?」
代わりに、聞き返してくる先輩。
私は答えられずに、ただ黙り込んでしまう。
さっき、女の子に囲まれながらも少し疲れた顔をしていた先輩のこと。
自分に自信のない、情けない自分のこと。
そのどちらも、今この瞬間、うまく言葉にできそうになかった。
沈黙の中、少し離れた場所を歩く須藤先輩の横顔を、私はちらりと盗み見る。
夕陽に照らされたその表情は、いつものからかうような笑顔ではなく、どこか遠くを見つめるような、静かな目をしていた。
その顔を見た瞬間、みぞおちのあたりの重苦しさが、また少しだけ強くなった。
私は今、須藤先輩の本当の気持ちに、少しだけ触れた気がする。
でも、それが何なのか。まだ、うまく掴めなかった。



