「……そんな顔してないよ」
「してるしてる」
からかうように笑う梨沙子に、私は曖昧に笑い返すことしかできなかった。
雨上がりの水たまりを避けながら、私たちは並んで歩いていく。
家に帰ってからも、私はさっきの保健室でのやり取りを何度も思い返していた。
肩越しに感じた、先輩の体温。
『癒されてる』と言ってくれた、あの優しい声。
そして、先輩がいなかっただけで感じた、あのぽっかりとした寂しさ。
そのひとつひとつが、まだ胸の奥に残っている。
でも、これ以上この気持ちに名前をつけてしまったら、きっと取り返しがつかなくなる気がした。
「……係、だもんね」
小さく声に出してみると、思ったよりも空虚に響いて、私は思わず苦笑いした。
須藤先輩にとって、私はただの目覚まし係。
それ以上の意味なんて、きっとない。
そう分かっているはずなのに、部屋の電気を消しても、なかなか寝つけない夜だった。
──コトン。
スマホが、小さく音を立てた。
画面に表示されていたのは、須藤先輩からのメッセージ。
『咲奈ちゃん、まだ起きてる?』
こんな時間に、珍しい。
息を潜めるようにして、私は画面を見つめる。
なんて返そうか迷っているうちに、続けてもう一件、通知が届いた。
『明日、ちょっと聞きたいことがあるんだけど』
──聞きたいこと。
その一文だけで、なぜか胸がざわついた。
いつもの軽い調子のメッセージとは、どこか違う気がする。
私はしばらく画面を見つめたまま、指を動かせずにいた。



