保健室の目覚まし係になったら、学校一の沼男に捕まりました


いつもは私のほうが聞き役で、先輩の言葉に頷くだけだったのに。

自分から誰かに、あの日のことを話すのは、これが初めてだった。

「別に、大した話じゃないんですけど。彼が友達に、私の告白のことを笑いながら話してるのが聞こえてきて……すごく傷ついて。だから、先輩が今言ったこと、全部は分からないですけど。ちょっとだけなら、分かる気がします」

しばらく、須藤先輩は何も言わなかった。

ただ、隣を歩くスピードが、ほんの少しだけ緩やかになった気がした。

「……話してくれて、ありがとう」

意外なくらい、まっすぐな声だった。

「なんでだろうな。咲奈ちゃんの前だと、なんか気が抜けるんだよな」

その一言に、心臓が小さく跳ねた。

冗談めかした口調だったけれど、その奥に何か、もっと深い理由が隠れている気がした。

「……それって、どういう」

「さぁ、なんでだろうね」

須藤先輩は、それ以上詳しく話す気配はなく、ただ夕焼けの空を見上げて笑うだけだった。

私はその横顔を見つめながら、今日見た須藤先輩の、いくつもの顔を思い出す。

完璧なモデルの顔。

大人びた女性に囲まれても、拒めずにいた顔。

疲れ切った素の顔。

そして、今こうして隣で無邪気に笑う顔。

そのどれもが、『須藤海里』という一人の人間の、確かな一部なんだと思うと、なんだか胸の奥がきゅっと締めつけられた。