「あのさ、購買でパン買ってきてくれない? 俺、今日寝坊しすぎて朝飯食いっぱぐれちゃって、今マジで腹減って動けないんだよね」
「……自分で行けばいいじゃないですか」
「それができたら、苦労しないんだよなぁ。ほら、俺が購買行ったら、絶対まともに買い物できないの分かるでしょ?」
想像してみる。購買に須藤先輩が現れた瞬間、女子たちが群がって、まともにパンひとつ選ぶ暇もなくなる光景を。
なるほど、それは確かに面倒そうだ。
「先輩命令だから。ね?」
「先輩命令って、何ですかそれ。職権乱用です」
「人聞きが悪いなぁ。ただパン買ってきてって、頼んでるだけなのに」
「立場を利用して人にお使いさせるの、大体そういうやつです」
そう言い返しながらも、私は財布を握りしめてすでに保健室を出る態勢になっている自分に気づいて、ちょっと嫌になる。
口では文句を言うくせに、結局は頼まれたことをきっちりやってしまう。これじゃ、先輩の思うツボじゃないか。
「あ、メロンパンね。あと、牛乳」
「……はいはい」
昼休みも残り少ないというのに、校舎の階段を小走りで駆け下りる。
こんなことに時間を使っている自分がちょっとおかしくて、思わず苦笑いが漏れた。
購買へ向かう途中、廊下の角を曲がったところで、二年生らしき女子二人組の会話が耳に入った。
「聞いた? 須藤先輩の元カノ、最近ずっと元気ないらしいよ」
「ああ、モデルの先輩でしょ? たしか名前、理乃さんだっけ」
心臓が、こつんと小さな音を立てる。
──理乃。「り」で始まる名前。



