保健室のある一階へと続く階段の前で、一段だけ踏み出す。
でも、そこで足が止まった。
リンちゃんという名前を聞いてしまったあの日の、腕の中の温もり。
『絶対に飽きられるときが来るんだから』という、田村先輩の声。
そのふたつが頭の中で交差した瞬間、私は踏み出しかけた足を、そっと引っ込めてしまった。
──今日じゃない。今日じゃなくていい。
そう自分に言い聞かせて、私は結局、階段を降りずに引き返した。
「咲奈、お弁当一緒に食べよ」
教室に戻ると、梨沙子に声をかけられて、私はハッと我に返った。
「あ……うん」
結局、その日は保健室に足を向けることができなかった。
◇
翌日からも、同じだった。
昼休みのチャイムが鳴るたびに、私は自分の席で、教科書を意味もなく整理したり、ノートを見返したりして、時間をやり過ごした。
「あ、しまった」
三時間目の数学の授業前、私は教科書を家に忘れてきたことに気づいた。
朝から須藤先輩のことばかり考えていて、うっかりしていたらしい。
「平沢さん、どうしたの?」
隣の席の男子──川野くんが、こちらの様子に気づいて声をかけてきた。



