保健室の扉を静かに閉めたあと、私はそのまま、廊下を早足で歩き出した。
途中から、歩くだけでは追いつかなくて、気づけば小走りになっていた。
誰にも見られたくない。こんな顔、誰にも見せたくない。
そう思いながら、人気のない非常階段まで駆け込む。
一段飛ばしで踊り場まで上がり、壁に背中を預けて、私はその場にしゃがみ込んだ。
締めつけられるように痛む胸を、私は服の上からぎゅっと押さえる。
ふと、髪に触れた指先に、結んだシュシュの感触が当たった。
──このピンク色を、いつまで大事にできるだろう。
あの日、ふと頭をよぎった不安が、こんな形で現実になるなんて。
もしかしたら私は、他の女の子とは違う。
須藤先輩にとって、自分は特別な存在なのかもしれない。
そう、勝手に思い込んでいただけなのかもしれない。
いや、そう思いたかったんだ。
誰に何と言われようと、私は先輩のことを信じていたかった。
だけど……、こうして目の前で知らない女の子の名前を呼ばれてしまったら。
先輩の目覚まし時計である人が、自分以外にもいるのだと知ってしまったら。
私はもう先輩のことを信じて良いのか、分からなくなってしまう。
やっぱり、あのとき田村先輩が私に言っていたことは正しかったのだと思わざるを得なくなる。
踊り場の窓の外を、いつの間にか降り出した雨が叩いていた。
さっきまで晴れていたはずなのに、夏の空はどうしてこうも変わりやすいのだろう。
まさか自分が、ここまでショックを受けるなんて……思ってもみなかった。
頭では、とっくに分かっていたはずだったのに。
須藤先輩のことが好きだと、自分の中ではっきり認めたつもりでいたのに。
その気持ちが、こんなにも簡単に、一つの名前だけで揺らいでしまうほど深かったなんて。
こんな形で、思い知らされたくはなかった──。



