耳元で落ちたその名前に、頭が一瞬で真っ白になる。
今、なんて聞こえた?
リン……ちゃん?
耳の奥で、自分の名前じゃない誰かの名前が何度も反響する。
そういえば。ずっと前、先輩の目覚まし係になったばかりの頃。
彼が寝ぼけて「り……」と言いかけて、慌てて誤魔化していたことがあった。
それに、廊下で聞いた噂の中にも、確か「凛さん」という名前があった。
あのときの「り」は、これだったんだ。
「んー。やっぱりリンちゃんが、誰よりも一番可愛いよ」
先輩が、そう言って私の頭を優しく撫でる。
ねぇ、リンちゃんって誰ですか?
彼女、なんですか?
心の中で問いかけるも、先輩は当然答えてはくれない。
「……っ、」
指先から、すうっと血の気が引いていく。
しばらく、何も考えられなかった。
やがて、頭の中に、今までのことが次々とよみがえってくる。
『これをショップで見かけたとき、真っ先に咲奈ちゃんの顔が思い浮かんでさ』
シュシュを渡してくれたときの、あの優しい笑顔。
『俺が咲奈ちゃんを可愛いって言うのは、社交辞令とかじゃないから。誰にでも言ってるわけじゃない』
まっすぐに私を見つめていた、あの真剣な瞳。
『俺は、咲奈ちゃんがこうやって隣にいてくれるだけで、結構癒されてるから』
肩が触れ合う距離で、そう囁いてくれた声。
そのひとつひとつが、今この瞬間、急に色褪せて見えた。



