ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~

「ほら、早く食べなさいよ。私と美晴はこれから加奈子の結婚式に行くんだから」
 義理の母はそう言って、私の目の前にあるビーフシチューの二人前を食べるように勧めた。
「そうよ、全部食べないとシェフに悪いでしょ。ね、サクッと食べちゃって」
 義理の妹である美晴が簡単そうに言う。
 サクッと食べろ、と言うけれど、私はこのシチューの前にシーフードのドリアを食べている。私がメニューから選んだのではなく、この目の前にいる義理の親子から勧められたのだ。ふたりはとても食が細い。美容と健康のためなのか、いつも食事では一人前注文していても五分の一も食べるかどうか。
 そして決まって言うのだ。
「ねえ、残りは芙美が食べてくれない。私、もう食べられない」
「私も。結婚式で着るドレスが着られなくなりそう。私の分もお願い」
 ドリアをなんとか食べ終えようとしていた私に、はっきり言ってビーフシチューは重い。お腹だってもういっぱいだ。
 そんなに残すのなら最初から注文をもっと軽いサラダとかにすればいいのに。
 ...なんて思っても無駄だ。ふたりは私に無理に食べさせたくてビーフシチューを注文したのだ。いつものことだ。食べきれないほどの重い料理の残りは、当然のように私が食べることになっている。

 このふたりは言うまでもなく私を太らせよう、醜い姿でいさせようとしている。

 ふたりは義母の姪の加奈子さんの結婚式に行く前なので派手なワンピースを着ていた。ひと目でブランドものとわかる高級品だ。彼女たちは湯水のようにお金を使う。父が大手不動産会社の社長なので、義母は多額のお金を父からもらっている。それを投資につぎ込み、手堅く儲けては自分達親子の着るものや食べ物に惜しまずお金を使っている。
 父は仕事で家を空けていることが多く、寂しい思いをさせているから、それくらいの浪費は仕方ない、と思っているようだ。
 義理の母、富江さんはほっそりした美人だ。ちょっとつり目で怖そうな顔をしているが、私の父は彼女を気に入り、母が亡くなってから三年後に彼女と結婚した。それがもう十年前のことで私は中学三年生だった。中一の時、実の母が病に倒れ入院した。その時、足?く病院に見舞いに来てくれたのが富江さんだった。富江さんは父や私を気遣い、親切にしてくれた。なので、母が病で亡くなってからしばらくして父が富江さんと結婚すると聞いた時は、それもいいかもしれない、と思ったのだ。母に残された寂しさを埋めるためなら新しい妻を迎えることは自然なことだ。私はそう思ってふたりの結婚を認めた。富江さんには私と年の近い娘もいて、彼女ともうまくやれるだろうと楽観的に考えていた。
 父は基本的に仕事で家にいない。仕事で全国の支店を飛び回っている。
 それが日常となると、義母と義妹の様子が変ってきた。
 家に残された私と義理の母富江さんとその娘で義理の妹である美晴は結託して私に食べ物をたくさん食べさせようとする。
 最初はきっと私に気を遣ってくれているんだ、と思っていた。母を亡くした私への気遣いなのだろう、と。私は差し出された大皿料理を懸命に食べ続けた。
 結果、すっかり体重は増えてしまった。まぎれもなくぽっちゃりさんだ。
 困ったな...と思っていたら美晴と富江さんがリビングでしゃべっているのを聞いてしまった。
「ねえ、見た?今日のブタ美。よくまああんなにコロコロ太れるものねえ」
「いいのよ。あの子、ここに住まわせてもらってるだけでも感謝してほしいくらいよ。それなのに美味しいものまでばくばく食べられて。あーほんと、御礼を言ってほしいわあ」
「ふふっ。美味しいもの食べさせるのはブタ美をブタにしたいだけでしょ」
「当たり前じゃない。血だってつながってない。あの女の子供よ。やせ型の美人になんて誰がならせるもんですか」
 ごくり、と息をのんだ。この人達は表面では「たくさん食べなさい。成長のために必要よ」みたいなことを言うけれど、本心は私を太らせたかったんだ。おそらく前妻である母への恨みから......母は富江さんに何か恨まれるような事をしたのだろうか。子どもなりに考えると富江さんはすんなり父の妻の座についたイメージだった。母と諍いがあった、ということも聞いたことがない。
 だが。私は義母と義妹から確実に疎まれていて、私を太らせようとしているのはあきらかだ。
 この十年、彼女たちの思惑から逃れようと何度かダイエットを試みた。家政婦の岡崎さんに丁重に頼み込んで、私の食べる分を減らしてもらった事がある。ところがそれを見た美晴と義母は、ヒステリックに怒り狂った。
「あんたは私達の愛情がわからないの?!やっぱりそうなのね、私が後妻だから私の言うことなんてきけないんだわ。こんなに尽くしてるのに!ひどい!あんたは鬼のような子ね!」
 この調子でずっと怒りをぶちまけられる。
「そうよ。食費も入れないで食べるだけ食べれて、なにが不満だっていうのお。ちょっと調子に乗ってんじゃない。あと私優しいからアドバイスしたげるけどお、ちょっと食事減らしただけでその体型変わらないって。ブタはブタらしく大人しくしてた方がいいんじゃない?」
 美晴も追い打ちをかけてくる。ふたりは毎食、こうだ。私はすっかりげんなりしてしまう。
「あ、ここの食事が無理なら出てけばあ?と言っても行くあてないでしょうけど」
 まさにその通りだった。父方の祖父母は母が亡くなった頃、事故で亡くなってしまった。
母方の祖母は福岡で暮らしている。だがお小遣いも必要な文房具を買う時に数百円もらえるだけで、私には自由になるお金がなかった。福岡まで行く交通費を考えたらどう切り詰めても無理だった。
 まさに行くあてがなかった。
 私は毎食繰り返される罵り声に負けて、結局多めの食事を受け入れる事になってしまう。
 そして、今日。義母と義妹に一緒にランチに行こうと誘われ、自分の分を食べた後にふたりの残り物を食べさせられようとしている。
「あー、そろそろ行かなくちゃね。じゃ、ブタ美、残りちゃんと食べてね。お金払ってるんだから」
「そうよお。こーんな美味しいのたっぷり食べられるなんてママに感謝してね。もうマジブタ美って感謝に欠けてるのよねえ」
 あきらかに嫌がらせをしているのに、どう感謝しろと言うのだろう。私は十年にわたる激しい罵りの言葉の圧力に負けて、彼女たちが言うことに従順になった。その方が結果的に楽なのだ。私が頷いて食べさえすればいいのだ......。
 私はひとり、取り残されたレストランのテーブルで義母が残したビーフシチューを食べ始めた。上等な牛肉が使われているのがわかる。口に入れるとほろりと溶ける。義母は私に感謝が足りないと言うけれど、こうして美食のフレンチやイタリアンを食べさせてくれていることには感謝している。
 そう、義母と義妹に食べ物を押し付けられるのはいつものことで。本当の問題は、その残り物を美味しく食べてしまうことなのだ。
 最初は実母からの子供のときの教え、「ちゃんと残さず食べなさい」を守っているつもりだった。そして差し出される料理の数々は私を醜く太らせようという意図があるものの、美味しかった。