「療養、なんだってね」
部活の帰り道、僕は美汐と並んで、街に続く長い坂道を下っていた。
晴真は実家の整備工場の手伝いがあるとかで、部室を出るとすぐに「じゃあな!」とバイクの爆音とともに去っていった。
結果として、僕が彼女の荷物持ち兼、街の案内役を押し付けられたかたちだった。
「うん。ちょっとだけ、心臓が弱くてね」
美汐は、自分のローファーのつま先を見つめながら、何でもないことのように言った。
夕暮れ時。
西に傾いた太陽が、海を燃えるようなオレンジ色に染め上げている。
坂道の片側に並ぶ古い民家の瓦屋根が、長い影をアスファルトに落としていた。
「東京の病院の先生がね、一回、空気の綺麗なところで静かに暮らした方がいいって。だから、この街にいるおばあちゃんの家に、しばらくお世話になることにしたの」
「……そうか。じゃあ、退屈な街で悪かったな。何もないだろ、ここは」
「ううん、そんなことない」
美汐は立ち止まり、大きく両腕を広げて、海の向こうの水平線を仰いだ。
夕陽の光が彼女の横顔をなぞり、長い睫毛が影を作っている。
「空が、すっごく広い。東京の空はね、ビルの隙間に細く切り取られてるから、こんなにたくさんの光を見られないの。だから私、この街に来られて、すごく嬉しい」
そう言って僕を振り返った彼女の瞳には、夕焼けの赤と、これから訪れる夜の藍色が、まるで水彩絵の具のように混ざり合って映り込んでいた。
ドクン、と、僕の胸の奥で小さな衝撃が走る。
心臓の音が、いつもより少しだけうるさい。
「あ、そうだ。駆くん、喉乾かない?」
美汐は坂道の途中にぽつんと佇む、古い自動販売機に駆け寄った。
小銭を入れて、コロン、と転がり出てきたのは、昔ながらのガラス瓶に入ったラムネ水だった。
彼女は備え付けの栓抜きにボトルの頭を差し込み、手慣れた様子で力を込める。
パシュッ、という小気味いい音とともに、白い煙と炭酸の泡が吹き出した。
「ほら、これ。案内してくれたお礼」
手渡された瓶は、驚くほど冷たくて、汗をかいていた。
受け取る際、彼女の指先がほんの一瞬、僕の手の甲に触れた。
かすかに触れたその皮膚の温度は、夏の夕暮れの空気の中で、どこかひんやりとしていて、けれど不思議なほどに切実な温かさを持っていた。
「ありがと」
僕は瓶を傾け、勢いよくラムネを喉に流し込んだ。
鋭い炭酸の刺激が食道を駆け抜けていく。
ガラス瓶の中で、透明なビー玉がカラカラと涼しい音を立てて転がった。

