「いちか」
名前で呼ばれて、そっと顔を上げる。
莉久の表情は静かだったけれど、その目だけはまっすぐだった。
「ちょっと来て」
人の少ない校舎裏まで連れていかれる。
春の風が吹いて、桜の花びらが一枚、ふたりのあいだに落ちた。
「泣きそう」
莉久がそう言う。
「えっ」
「今の顔」
図星で、いちかはうつむいた。
泣きたくなんてない。
新学期の朝から困らせたくない。
でも、隣じゃなくなるって思ったら、思っていた以上に苦しかった。
「だって……」
声が少し震える。
「今までみたいに会えなくなる気がして」
次の瞬間、莉久がいちかをそっと抱きしめた。
「会える」
低い声が、すぐ耳元で響く。
「クラスが違っても、朝迎えに行くし、昼も行くし、放課後も一緒に帰る」
「でも……」
「でもじゃない」
抱きしめる腕に、やさしく力がこもる。
「隣の席じゃなくても、俺の一番近くは変わんない」
その言葉に、いちかの胸の奥がじんわり熱くなる。
「莉久……」
「むしろ前より会いに行く」
「それ、先生に怒られるかも」
小さく笑いながら言うと、莉久も少しだけ笑った。
「そのときは我慢する。でも白石不足にはなる」
「もう……」
「本気」
顔を上げると、莉久はほんとうに少し切なそうだった。
離れるのが平気じゃないのは、自分だけじゃない。
そう思えたことが、たまらなくうれしい。
「俺も不安だった」
ぽつりと落ちたその言葉に、いちかは目を見開く。
「白石だけじゃない。離れたら、今までみたいに気軽に話せないかなとか、他のやつといる時間増えるかなとか、考えた」
「莉久も……?」
「うん。かなり」
そんなふうに不安を見せる莉久はめずらしくて、胸がきゅっとなる。
「でも」
莉久は少しかがんで、いちかの目をのぞきこむ。
「離れたくらいで、好きが減るわけない」
まっすぐに言い切られて、いちかの目に少しだけ涙がにじんだ。
「だから泣かないで」
そう言って、莉久は親指でそっと目元に触れる。
ぬぐうみたいに、やさしく。
「新学期も、ちゃんと俺が好きにさせる」
「それ以上?」
「今以上」
少し強気なその言い方が、いつもの莉久で、いちかはやっと笑えた。
「……うん」
「約束」
差し出された小指に、自分の小指をからめる。
子どもみたいな約束なのに、今は何より心強かった。
始業式のチャイムが遠くで鳴る。
新しい教室、新しい席、新しい毎日。
少しこわい。少しさみしい。
でも、その全部の先に莉久がいると思えば、ちゃんと歩いていける気がした。
「行こ」
莉久が手を離さずに言う。
「うん」
つないだぬくもりを確かめながら、ふたりは新しい春へ向かって歩き出す。
クラスが変わっても、距離が少し増えても、
恋の予報はまだずっと晴れのまま。
むしろ切なさを知ったぶんだけ、
ふたりの想いは前よりもっと、深く甘くなっていくのだった。
名前で呼ばれて、そっと顔を上げる。
莉久の表情は静かだったけれど、その目だけはまっすぐだった。
「ちょっと来て」
人の少ない校舎裏まで連れていかれる。
春の風が吹いて、桜の花びらが一枚、ふたりのあいだに落ちた。
「泣きそう」
莉久がそう言う。
「えっ」
「今の顔」
図星で、いちかはうつむいた。
泣きたくなんてない。
新学期の朝から困らせたくない。
でも、隣じゃなくなるって思ったら、思っていた以上に苦しかった。
「だって……」
声が少し震える。
「今までみたいに会えなくなる気がして」
次の瞬間、莉久がいちかをそっと抱きしめた。
「会える」
低い声が、すぐ耳元で響く。
「クラスが違っても、朝迎えに行くし、昼も行くし、放課後も一緒に帰る」
「でも……」
「でもじゃない」
抱きしめる腕に、やさしく力がこもる。
「隣の席じゃなくても、俺の一番近くは変わんない」
その言葉に、いちかの胸の奥がじんわり熱くなる。
「莉久……」
「むしろ前より会いに行く」
「それ、先生に怒られるかも」
小さく笑いながら言うと、莉久も少しだけ笑った。
「そのときは我慢する。でも白石不足にはなる」
「もう……」
「本気」
顔を上げると、莉久はほんとうに少し切なそうだった。
離れるのが平気じゃないのは、自分だけじゃない。
そう思えたことが、たまらなくうれしい。
「俺も不安だった」
ぽつりと落ちたその言葉に、いちかは目を見開く。
「白石だけじゃない。離れたら、今までみたいに気軽に話せないかなとか、他のやつといる時間増えるかなとか、考えた」
「莉久も……?」
「うん。かなり」
そんなふうに不安を見せる莉久はめずらしくて、胸がきゅっとなる。
「でも」
莉久は少しかがんで、いちかの目をのぞきこむ。
「離れたくらいで、好きが減るわけない」
まっすぐに言い切られて、いちかの目に少しだけ涙がにじんだ。
「だから泣かないで」
そう言って、莉久は親指でそっと目元に触れる。
ぬぐうみたいに、やさしく。
「新学期も、ちゃんと俺が好きにさせる」
「それ以上?」
「今以上」
少し強気なその言い方が、いつもの莉久で、いちかはやっと笑えた。
「……うん」
「約束」
差し出された小指に、自分の小指をからめる。
子どもみたいな約束なのに、今は何より心強かった。
始業式のチャイムが遠くで鳴る。
新しい教室、新しい席、新しい毎日。
少しこわい。少しさみしい。
でも、その全部の先に莉久がいると思えば、ちゃんと歩いていける気がした。
「行こ」
莉久が手を離さずに言う。
「うん」
つないだぬくもりを確かめながら、ふたりは新しい春へ向かって歩き出す。
クラスが変わっても、距離が少し増えても、
恋の予報はまだずっと晴れのまま。
むしろ切なさを知ったぶんだけ、
ふたりの想いは前よりもっと、深く甘くなっていくのだった。



