勇者として異世界召喚されたら、転生聖女に恋人と作ったカフェを丸ごとパクられていたので、反省するまで魔王討伐はしません

「うわああああ……っ、どうしよう、どうしたらいい? こんな状況を打破できる聖女……聖者……いる……?」

 教会に泣き戻ったミレーヌは、礼拝堂にこもって数多の聖賢や神人を讃える祭壇の前で跪いていた。

「あの男、あんな優男なのに魔力量化け物並で聖剣も持てるみたいだし……どうしよう……今から西のカーナ神国に助けを求める? 聖剣の聖者様や歌聖様に助けを………………くっ、カフェパクりを知られたら私のほうが制裁喰らって(メッ)てされそう……っ」

 特に聖剣の聖者は世界最強生物として有名だった。アダマンタイトの聖剣で、無機物も有機物も区別なくジュワッと蒸発させるぐらい火力が強いお人だ。
 ぶっちゃけ彼のお方にこそ魔王退治をお願いしたかったが、下手に頼むと出力を間違えて地形を深刻に削られてしまうので安易な依頼はできないのだ。

 考えても良い案は浮かばなかった。
 それでも、前世でなら神に相当する天や世界の理に祈り続けて、やがて失神してそのまま眠ってしまったのだった……



  ☆ ☆ ☆



 その夜、聖女ミレーヌは夢を見た。

 そこはどこか見覚えのある店だった。
 白い壁に暖かみのある木目のテーブル。窓辺には観葉植物が並び、壁には赤い鯛のキャラクターが描かれている。

 ただし、ミレーヌが描いたものとは違う。
 丸っこい赤い体に、素朴な顔。
 単純な線で描かれているのに、ちゃんと可愛い。

「本物だ……」

 たいやきくんカフェ。
 前世で何度も通った、あの店だった。

「いやあああああ!」

 ミレーヌは頭を抱えた。
 ついに夢にまで出てきた!

「どうしたの?」

 店のカウンターの中から声をかけられ、顔を上げる。
 そこにいたのは、見知らぬ人物だった。

 艶のある黒髪の前髪長めショートカットに、鮮やかな赤い瞳。
 顔立ちのとても整っている人が、心配そうにミレーヌを見ている。

 派手な造作ではないが、切れ長の赤い目と黒髪の組み合わせには日本画から抜け出してきたような端正さがあり、たいやきくんカフェ店員のエプロンまでよく似合っている。

 和風美人だ。
 それも、道を歩いていたら誰もが振り返るような美人だった。

 ミレーヌは見惚れたあと、慌てて尋ねた。

「あ、あなたは?」
「たいやきくんのモデル。ま、怜司が勝手に描いたのだけど」
「ひいいいいいっ!」

 椅子から転げ落ちそうになった。

「なんで逃げるの?」
「あ、あなたが!? 勇者様の最愛の人!?」
「……まあ」

 和風美人が照れたように横を向いた。
 あっ可愛い!

「ごめんなさいいいいい!」

 ミレーヌはテーブルに額がつきそうな勢いで頭を下げた。

「本当にごめんなさい! パクりました! 前世で好きだったから、この世界じゃ誰にもばれないと思って!」
「まあ、パクリはさ、やっぱ良くないよ。気分も良くない」
「はい!」
「そこはちゃんと謝って」
「はい!」

 怒鳴られなかった。
 損害賠償を請求するとも、店を潰せとも言われなかった。

 ミレーヌが恐る恐る顔を上げると、赤い目の美人は向かいの椅子に座って、頬杖をついてミレーヌを見ていた。

「でも、店潰したら働いてる人困るんだよね?」
「……え?」
「何千人もいるんじゃなかった?」
「は、はい。直接雇用だけでも数千人います。他にも食材を卸してくださる農家や畜産家、商人、職人や宣伝担当もいて……」

 説明を聞いて、和風美人は言った。

「じゃあ、全部潰すのも違うよね」
「いいんですか!?」
「良くはないよ。パクったのは駄目。そこはこっちも怒ってます」
「はい……」
「……でも、もうやっちゃったもんはしょうがない。ちゃんと謝って直せばいいんじゃない?」

 ミレーヌは相手の顔を見た。
 なんて良い人なのだろう。
 自分をモデルにしたキャラクターと、最愛の人と一緒に作った店を、異世界で勝手に数百店舗も展開されたのである。

 しかもその利益は自分たちに一文も入ってこないものだった。

 それなのに最初に心配するのが、そこで働いている人たちなのだ。

「もうさ、『元の世界で大好きだったたいやきくんカフェへのオマージュです』ってゴリ押ししなよ」
「ゴリ押し!?」
「元の世界で大好きだったから再現しました。でも勝手にやってすみませんでしたって、ちゃんと説明してさ。そんであいつにひたすら頭下げて、打開案引き出しなよ」
「あいつって……高瀬怜司ですか?」
「ん」
「無理ですよ!」
「なんで?」
「怖いもん!」
「怖くないよ」
「怖いですよ! そりゃあなたは恋人だから平気かもだけど! 国が滅びかかってるのにカフェ閉めるまで魔王討伐しないって言ってるんですよ!?」

「そうなの? まあ、それは……」

 赤い目の美人が困った顔をした。

「やりそう。あいつ、そういうとこあるからなあ」

「あるんだ!?」
「でも、話はそれなりに聞く奴だから。ちゃんと反省して、どう直すつもりなのか考えて持っていきなよ」
「それで許してくれるでしょうか?」
「さあ?」
「さあ!?」
「そこは本人に聞かないとわかんない」

 あまりにもあっさりしている。
 ミレーヌは呆然と美人を見つめた。

 でも、と思った。

 この人、めちゃくちゃサバサバ系の性格だ。カラッとしてて気持ちいいタイプだ。
 見た目こんなに鋭めの美人なのに。

「たいやきじゃなくて、サバ系……?」
「サバ? なんか作るの? サバ味噌なら得意だけど」
「なんでもありません! でもサバ味噌懐かしい食べたい!」

 ミレーヌは首を振った。
 しかも、こうして話していると本当に性格が良い。得意料理はサバ味噌。家庭的で大変良い。

 パクリを許しているわけではない。悪いものは悪いときっぱり言ってくる。
 それでも無関係の従業員まで巻き込んで潰す必要はないと考え、現実的な解決方法まで助言してくれる。

 そこでミレーヌは、重大なことに気づいた。

「あの。高瀬怜司の、最愛の人なんですよね?」
「……まあ」

 間違いないらしい。
 ミレーヌは和風美人を改めて見た。
 そして、ここ数日で見てきた怜司を思い出した。

 穏やかな笑顔で全店舗閉鎖を要求してきた。
 魔物のスタンピードが起きても閉鎖要求。
 ドラゴンが飛んできても閉鎖要求。
 聖女の自分が泣いて土下座して謝っても閉鎖要求。

 対してこちらの美人は、事情を聞いて数分で従業員の生活をまず心配してくれている。

 ――人徳の差のようなものを感じた。

(こんな性格の良い美人さんが、なんであの悪魔の恋人!?)

 本気で心配になった。

(この人、騙されてない? 大丈夫?)

「なんか失礼なこと考えてない?」
「いいえ!」

 しかも鋭かった。

「じゃあ、ちゃんと謝って」
「はい。あなたにも……本当にごめんなさい」
「ん。あいつも帰りたがってると思うから。あんまり困らせないでやって」
「……はい」
「急にいなくなってさ」

 赤い瞳がミレーヌから外れた。

「帰ってきたら、言いたいこといっぱいあるから」

 その一言にミレーヌは何も言えなくなった。

「だから早く帰してやって」
「……はい」

 そこで夢は終わった。