結論から言えば、ミレーヌは国王たちの前で、それまで隠していた転生者であることを白状した。
幸いだったのは、この世界で転生者という前世の記憶持ちは数万人に一人ぐらいの割合で存在していたから、迫害など排斥対象にならなかったことだろう。
むしろ、この世界にない知識や技能をもたらすとして、改めて存在を歓迎された。
だがそれでももちろん、前世知識を使って人気店を丸ごとパクりました、などとは言わない。
「幼い頃、神の啓示を受けたかのように前世の記憶を思い出したのです。その中にあったお店を、この世界でも再現したいと思って作ったのが、たいやきカフェでした」
王国の聖女が、実は異世界で生きた前世の記憶を持っていた。
それだけでも国王や宰相たちにとっては驚天動地の告白だったが、怜司は隣で腕を組んだ。
「ふん、完全な嘘ではなかったと回避したのか。上手いね」
「あんたちょっと黙ってなさい!?」
「聖女! 勇者殿になんという口を!」
「あっ。申し訳ございません、陛下」
ミレーヌは慌てて聖女の楚々とした顔に戻った。
事情は判明した。
しかし、だからといって問題が解決したわけではない。
怜司の要求は明快かつ困難なものだった。
「では、全店舗を閉鎖してください」
「勇者殿!?」
「元の世界で作られたものと知らず、国王陛下たちが聖女の啓示を信じていた事情は理解しました。……ですが、聖女本人は最初から知っていた。なら、僕が見過ごす理由はありません」
「だからこの世界に知的財産権なんて――」
「ミレーヌ」
「はい」
「その話は二人で済ませただろう?」
「……はいぃ」
怖いよう、勇者の圧が怖いよううう……っ
先ほどまで二人がいた応接室から、ミレーヌの絶叫が何度も聞こえていたことは、この場にいる全員が直接、間接を問わず知っていた。
宰相が手巾を取り出し、額の汗を拭った。
「しかし勇者殿。聖女様のたいやきカフェは、廉価に国民が栄養のある飲食物を楽しめる店として、国内に数百店舗を展開しておりまして……今すぐ閉鎖というのは現実的ではなく……」
「数百店舗? そんなに?」
王都店だけではなかったらしい。
「はい。王都には十二店舗、直営領にも二十七店舗、その他の各領地には領主や商人との共同経営による店舗がございまして」
「思っていたより大規模にやったね」
しかも話を聞けば、たいやきカフェは単なる嗜好品の店ではなかった。
小麦食ベースに魚や肉、豆、野菜などを使った軽食を手頃な価格で提供し、庶民でも家族で利用できる。
店舗で働く者だけでなく、農家や畜産業者、食材を運ぶ商人、食器や包装資材を作る職人まで関わっているという。
国王が困り果てた顔で言った。
「閉鎖となれば、職を失う民も大勢出よう。何より、地方領ではたいやきカフェを目当てに人が訪れ、周囲の商店まで潤っている場所もあるのだ」
「僕にそれは関係ありますか?」
「そこをなんとか!」
「そう、ですねえ……」
怜司は国王、宰相、そしてミレーヌを順番に見た。
「ならそちらで解決するまで、僕は待機しています。魔王とやらが大人しくしてくれてると良いですね?」
「ご無体な勇者殿おおお!」
案の定、魔王は大人しくなんかしてくれなかった。
三日後、北部から魔物の群れが街道へ押し寄せたとの急報が届いた。
翌日には西部の農村で大型魔物が出現し、さらにその翌朝、王都の作戦会議室へ駆け込んできた伝令が叫んだ。
「南方にドラゴンが飛来! 砦より救援要請です!」
「ドラゴンまで!?」
国王が頭を抱えた。
「魔王軍の動きも活発化しております! 東部国境でも複数の魔物の群れを確認したとのこと!」
「勇者殿は!?」
「本日は教会で聖剣を観覧後、王立図書館へ行かれると……」
「なぜ図書館なのだ!」
「この世界の法制度と経済について調べたいとのことで……」
「今やることか!?」
怜司は召喚勇者の役割を把握だけはしていて、自分が聖剣を扱えることも、剣術や魔法を使えることも確認だけはしているようだ。
だが、魔王を討伐する気配はなかった。
ずっと王城にいることもなく、王立図書館で歴史書を読み、市場で物価を調べ、両替商に赴いては貨幣制度について質問し、魔法道具の店では珍しい品を見て回っている。
召喚術について記された文献も片っ端から調べていた。
元の世界へ帰る方法を、王家の術式だけに頼る気はないらしい。
国王たちは毎日のように勇者の使命を早急に果たしてほしいと説得したが、
「たいやきカフェの件は?」
この一言で打ち切られてしまうのだった。
一方、ミレーヌも日に日に追い詰められていった。
「勇者様がお力を貸してくださらないのは、聖女様との間に何か問題があるからでは」
そんな事実に即した噂まで王宮内で流れ始め、そして南方のドラゴンが二つ目の村へ接近したとの報告が届いた日。
「あああああ。神様仏様怜司様ああああ!」
ミレーヌはついに、王城に用意された怜司の部屋へ押しかけた。
「ごめんなさい! 私が悪かったです! 謝りますから、とりあえず一緒に魔王討伐の旅に出てくださいいいいい!」
机で本を読んでいた怜司は顔を上げた。
「嫌だね」
「即答!」
「少なくとも、あのパクりカフェの始末をどうつけるかだけでも決めてもらわなきゃね」
「ひいいいいんっ」
ミレーヌは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「全部閉店なんて無理なのよお! 数百店舗あるの! 従業員だけでも何千人いるのよ! その家族まで入れたらもっとよ!」
「僕に言われても」
「アンタ経営者でしょ!? なんか考えてよ!」
「模倣被害を受けた側の経営者に、模倣事業を存続させる方法を考えろって?」
「うっ」
「すごいこと言うね、君」
「ごもっともですうぅぅ!」
ミレーヌは床に両手をついた。
「でも、店を潰したら何も知らない従業員まで路頭に迷うのよ! 農家も商人も職人も困る! そこだけは本当にどうにかしたいの!」
怜司は返事をしなかった。
「私が悪かったです! もう啓示なんて言いません! パクったのも認めます! お金で済むなら払います! だから、どうしたらいいか教えてください!」
「それを決める権利が、僕一人にあるわけじゃないんだよ」
「……え?」
「たいやきくんは、僕一人のものじゃない」
ミレーヌが顔を上げると、怜司は遠くを見るような目になっている。
「モデルになったのが僕の恋人なんだ。カフェチェーンだって二人で作ってきた。僕が異世界に飛ばされたからって、ここで勝手に全部許可する気はないよ」
「えっ。あの赤い魚に似てるんです?」
「君のパクった怖いお魚さんじゃなくて。元のたいやきくんカフェのロゴの方」
「アッ。そ、そうですよね! じゃ、じゃあ、その人に聞いて――」
しかしミレーヌは途中で口を閉じた。
聞けるはずがない。
その最愛の恋人は、怜司が召喚されてきた元の世界にいる。
彼は、――恋人に会えないのだ。
「……詰んだ」
「そうだね」
「ひいいいいんっ!」
王城に、再び聖女の悲痛な泣き声が響いた。
幸いだったのは、この世界で転生者という前世の記憶持ちは数万人に一人ぐらいの割合で存在していたから、迫害など排斥対象にならなかったことだろう。
むしろ、この世界にない知識や技能をもたらすとして、改めて存在を歓迎された。
だがそれでももちろん、前世知識を使って人気店を丸ごとパクりました、などとは言わない。
「幼い頃、神の啓示を受けたかのように前世の記憶を思い出したのです。その中にあったお店を、この世界でも再現したいと思って作ったのが、たいやきカフェでした」
王国の聖女が、実は異世界で生きた前世の記憶を持っていた。
それだけでも国王や宰相たちにとっては驚天動地の告白だったが、怜司は隣で腕を組んだ。
「ふん、完全な嘘ではなかったと回避したのか。上手いね」
「あんたちょっと黙ってなさい!?」
「聖女! 勇者殿になんという口を!」
「あっ。申し訳ございません、陛下」
ミレーヌは慌てて聖女の楚々とした顔に戻った。
事情は判明した。
しかし、だからといって問題が解決したわけではない。
怜司の要求は明快かつ困難なものだった。
「では、全店舗を閉鎖してください」
「勇者殿!?」
「元の世界で作られたものと知らず、国王陛下たちが聖女の啓示を信じていた事情は理解しました。……ですが、聖女本人は最初から知っていた。なら、僕が見過ごす理由はありません」
「だからこの世界に知的財産権なんて――」
「ミレーヌ」
「はい」
「その話は二人で済ませただろう?」
「……はいぃ」
怖いよう、勇者の圧が怖いよううう……っ
先ほどまで二人がいた応接室から、ミレーヌの絶叫が何度も聞こえていたことは、この場にいる全員が直接、間接を問わず知っていた。
宰相が手巾を取り出し、額の汗を拭った。
「しかし勇者殿。聖女様のたいやきカフェは、廉価に国民が栄養のある飲食物を楽しめる店として、国内に数百店舗を展開しておりまして……今すぐ閉鎖というのは現実的ではなく……」
「数百店舗? そんなに?」
王都店だけではなかったらしい。
「はい。王都には十二店舗、直営領にも二十七店舗、その他の各領地には領主や商人との共同経営による店舗がございまして」
「思っていたより大規模にやったね」
しかも話を聞けば、たいやきカフェは単なる嗜好品の店ではなかった。
小麦食ベースに魚や肉、豆、野菜などを使った軽食を手頃な価格で提供し、庶民でも家族で利用できる。
店舗で働く者だけでなく、農家や畜産業者、食材を運ぶ商人、食器や包装資材を作る職人まで関わっているという。
国王が困り果てた顔で言った。
「閉鎖となれば、職を失う民も大勢出よう。何より、地方領ではたいやきカフェを目当てに人が訪れ、周囲の商店まで潤っている場所もあるのだ」
「僕にそれは関係ありますか?」
「そこをなんとか!」
「そう、ですねえ……」
怜司は国王、宰相、そしてミレーヌを順番に見た。
「ならそちらで解決するまで、僕は待機しています。魔王とやらが大人しくしてくれてると良いですね?」
「ご無体な勇者殿おおお!」
案の定、魔王は大人しくなんかしてくれなかった。
三日後、北部から魔物の群れが街道へ押し寄せたとの急報が届いた。
翌日には西部の農村で大型魔物が出現し、さらにその翌朝、王都の作戦会議室へ駆け込んできた伝令が叫んだ。
「南方にドラゴンが飛来! 砦より救援要請です!」
「ドラゴンまで!?」
国王が頭を抱えた。
「魔王軍の動きも活発化しております! 東部国境でも複数の魔物の群れを確認したとのこと!」
「勇者殿は!?」
「本日は教会で聖剣を観覧後、王立図書館へ行かれると……」
「なぜ図書館なのだ!」
「この世界の法制度と経済について調べたいとのことで……」
「今やることか!?」
怜司は召喚勇者の役割を把握だけはしていて、自分が聖剣を扱えることも、剣術や魔法を使えることも確認だけはしているようだ。
だが、魔王を討伐する気配はなかった。
ずっと王城にいることもなく、王立図書館で歴史書を読み、市場で物価を調べ、両替商に赴いては貨幣制度について質問し、魔法道具の店では珍しい品を見て回っている。
召喚術について記された文献も片っ端から調べていた。
元の世界へ帰る方法を、王家の術式だけに頼る気はないらしい。
国王たちは毎日のように勇者の使命を早急に果たしてほしいと説得したが、
「たいやきカフェの件は?」
この一言で打ち切られてしまうのだった。
一方、ミレーヌも日に日に追い詰められていった。
「勇者様がお力を貸してくださらないのは、聖女様との間に何か問題があるからでは」
そんな事実に即した噂まで王宮内で流れ始め、そして南方のドラゴンが二つ目の村へ接近したとの報告が届いた日。
「あああああ。神様仏様怜司様ああああ!」
ミレーヌはついに、王城に用意された怜司の部屋へ押しかけた。
「ごめんなさい! 私が悪かったです! 謝りますから、とりあえず一緒に魔王討伐の旅に出てくださいいいいい!」
机で本を読んでいた怜司は顔を上げた。
「嫌だね」
「即答!」
「少なくとも、あのパクりカフェの始末をどうつけるかだけでも決めてもらわなきゃね」
「ひいいいいんっ」
ミレーヌは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「全部閉店なんて無理なのよお! 数百店舗あるの! 従業員だけでも何千人いるのよ! その家族まで入れたらもっとよ!」
「僕に言われても」
「アンタ経営者でしょ!? なんか考えてよ!」
「模倣被害を受けた側の経営者に、模倣事業を存続させる方法を考えろって?」
「うっ」
「すごいこと言うね、君」
「ごもっともですうぅぅ!」
ミレーヌは床に両手をついた。
「でも、店を潰したら何も知らない従業員まで路頭に迷うのよ! 農家も商人も職人も困る! そこだけは本当にどうにかしたいの!」
怜司は返事をしなかった。
「私が悪かったです! もう啓示なんて言いません! パクったのも認めます! お金で済むなら払います! だから、どうしたらいいか教えてください!」
「それを決める権利が、僕一人にあるわけじゃないんだよ」
「……え?」
「たいやきくんは、僕一人のものじゃない」
ミレーヌが顔を上げると、怜司は遠くを見るような目になっている。
「モデルになったのが僕の恋人なんだ。カフェチェーンだって二人で作ってきた。僕が異世界に飛ばされたからって、ここで勝手に全部許可する気はないよ」
「えっ。あの赤い魚に似てるんです?」
「君のパクった怖いお魚さんじゃなくて。元のたいやきくんカフェのロゴの方」
「アッ。そ、そうですよね! じゃ、じゃあ、その人に聞いて――」
しかしミレーヌは途中で口を閉じた。
聞けるはずがない。
その最愛の恋人は、怜司が召喚されてきた元の世界にいる。
彼は、――恋人に会えないのだ。
「……詰んだ」
「そうだね」
「ひいいいいんっ!」
王城に、再び聖女の悲痛な泣き声が響いた。



