「な、何を仰って――」
ミレーヌが慌てて怜司の腕を引き止めようとした。
「失礼」
怜司はその手を振り払い、たいやきカフェに入ることもなく踵を返した。
「ちょ、ちょっと待ってください、勇者様! どこへ行くんですか!?」
「城です。国王陛下に確認しなければならないことができました」
「確認って何を!?」
怜司は足を止めなかった。
ミレーヌが追いかけてきたが、怜司は長い脚で石畳を進み、やがて彼女を置き去りにした。
王城へ戻ると、怜司はすぐさま国王への面会を求めた。
ほどなく怜司は国王、宰相、数名の重臣が集まる部屋へ案内された。
「どうされた、勇者殿。王都で何か問題でも?」
「ええ。ありました」
怜司は微笑んだ。しかし緑の目は笑っていない。
「王都の街角で、僕が恋人と元の世界で作ったカフェが、許可なく模倣されて営業されていました」
「…………は?」
「たいやきカフェです」
国王の口が開き、後ろで控えていた宰相も固まった。
重臣たちが互いの顔を見る。
「魔王討伐の件はお断りします。こんな国に協力する気はありません」
「な、なななな、何を申される勇者殿!?」
「では、失礼します。元の世界へ帰還する別の手段を探さねばなりませんので」
「お待ちくだされええええ!」
国王自ら駆け寄ってきた。
「何がどうしてそのような話に!? たいやきカフェは聖女が神の啓示を受けて生み出した店であろう!?」
「僕もさっきそう聞いていました」
「では、なぜ!?」
「本当に僕たちが元の世界で作った店のパクりだからです」
「そんな馬鹿な!」
「キャラクターの名称、コンセプト、商品構成。飲食と物販を組み合わせた事業形態まで酷似しています。偶然で説明するのは無理がありますね」
国王の顔色が変わっていった。
宰相が恐る恐る口を挟む。
「しかし勇者殿。たいやきカフェは、この王都だけでなく国内各地に……」
「先ほど聖女から聞きました」
「雇用も生み出しておりますし、地方では観光の目玉となっている店舗もございます」
「それも僕には関係ありません。無許可で始めた事業でしょう?」
「ぐっ……」
国王たちの動揺には理由があった。
たいやきカフェは聖女が神の啓示によって生み出した、今やこの国でも指折りの人気チェーン店である。
平民だけではない。貴族にも愛好者は多く、王族にもファンがいた。
「ご存じなんですよね、店のこと」
「そ、それはもちろん……」
国王が目を逸らした。
宰相が小声で言った。
「陛下は月に一度ほど、お忍びで王都中央店へ……」
「宰相!」
「王妃殿下も季節限定品の発売日には」
「言わんでよい!」
「王女殿下のお部屋には、赤き魚のぬいぐるみが七体ほどございます」
「愛娘に強請られれば買わねばなるまい!?」
王家ぐるみで愛用していた。
それが、異世界から召喚した勇者本人から〝自分たちの事業の模倣だ〟と告発されたのである。
「ふうん。あんな怖いパチモンの魚を、ねえ……」
「待ってくだされ、勇者殿!」
国王は額の汗を拭った。
「余はもちろん、王家の者もそのような事情は知らなかったのだ! 我々は聖女が神託を受け、この世界にもたらしたものだとばかり!」
「それなら、まず事実を確認してください」
「もちろんだ! 直ちに調べさせる!」
「確認が取れるまでは、魔王討伐への協力は保留します」
「魔王は待ってくれんのだが!?」
「僕たちの事業を盗用した人間は平気でやらかしてるのに?」
「ぐぬぬ……!」
怜司は本気だった。
国王も宰相も、ようやく理解した。
この青年は穏やかに微笑んでいるが、魔王討伐を盾に脅しているわけではない。
本当に、たいやきカフェの問題が解決しなければ帰るつもりなのだ。
しかも問題になっているのは、怜司一人のものではなかった。
「先ほど〝最愛の人と作った〟と仰いましたな」
「ええ。たいやきくんのモデルは、僕の最愛の人です」
「あの赤き魚の?」
「はい」
国王が何とも言えない顔になった。
「……魚に似ておられるのか?」
「まったく」
「ではなぜ!?」
「恋人の可愛いところをシンボル化させたキャラクターだったんです」
「そ、そうか……」
国王はそれ以上聞かなかった。可愛いなら仕方ない。
だが国内のたいやきカフェの赤い魚は、どちらかといえば怖い造形だったような?
そのとき、廊下から騒がしい足音が近づいてきた。
「勇者様っ!」
扉が開き、息を切らした聖女ミレーヌが飛び込んできた。
王都の街中で置き去りにされたあと、馬車を拾って追いかけてきたらしい。
「どういうことなんですか!? いきなり帰ってしまうなんて――」
「聖女!」
国王の声に、ミレーヌがびくりとした。
「へ、陛下?」
「そなた、たいやきカフェは神の啓示によって作ったと申しておったな?」
「え、ええ、その通りにございます」
「勇者殿が、元の世界で営んでいた店だそうだ」
ミレーヌの顔から血の気が引いた。
「…………え?」
怜司が振り返る。
先ほどまで国王に向けていたものと変わらない、穏やかな微笑みだった。
「ちょうど良かった。聖女、君に聞きたいことがある」
「な、何でしょう……」
「たいやきカフェについて、最初から詳しく話してもらおうか」
ミレーヌが一歩後ずさったが、怜司はそれを見逃さなかった。
ミレーヌが慌てて怜司の腕を引き止めようとした。
「失礼」
怜司はその手を振り払い、たいやきカフェに入ることもなく踵を返した。
「ちょ、ちょっと待ってください、勇者様! どこへ行くんですか!?」
「城です。国王陛下に確認しなければならないことができました」
「確認って何を!?」
怜司は足を止めなかった。
ミレーヌが追いかけてきたが、怜司は長い脚で石畳を進み、やがて彼女を置き去りにした。
王城へ戻ると、怜司はすぐさま国王への面会を求めた。
ほどなく怜司は国王、宰相、数名の重臣が集まる部屋へ案内された。
「どうされた、勇者殿。王都で何か問題でも?」
「ええ。ありました」
怜司は微笑んだ。しかし緑の目は笑っていない。
「王都の街角で、僕が恋人と元の世界で作ったカフェが、許可なく模倣されて営業されていました」
「…………は?」
「たいやきカフェです」
国王の口が開き、後ろで控えていた宰相も固まった。
重臣たちが互いの顔を見る。
「魔王討伐の件はお断りします。こんな国に協力する気はありません」
「な、なななな、何を申される勇者殿!?」
「では、失礼します。元の世界へ帰還する別の手段を探さねばなりませんので」
「お待ちくだされええええ!」
国王自ら駆け寄ってきた。
「何がどうしてそのような話に!? たいやきカフェは聖女が神の啓示を受けて生み出した店であろう!?」
「僕もさっきそう聞いていました」
「では、なぜ!?」
「本当に僕たちが元の世界で作った店のパクりだからです」
「そんな馬鹿な!」
「キャラクターの名称、コンセプト、商品構成。飲食と物販を組み合わせた事業形態まで酷似しています。偶然で説明するのは無理がありますね」
国王の顔色が変わっていった。
宰相が恐る恐る口を挟む。
「しかし勇者殿。たいやきカフェは、この王都だけでなく国内各地に……」
「先ほど聖女から聞きました」
「雇用も生み出しておりますし、地方では観光の目玉となっている店舗もございます」
「それも僕には関係ありません。無許可で始めた事業でしょう?」
「ぐっ……」
国王たちの動揺には理由があった。
たいやきカフェは聖女が神の啓示によって生み出した、今やこの国でも指折りの人気チェーン店である。
平民だけではない。貴族にも愛好者は多く、王族にもファンがいた。
「ご存じなんですよね、店のこと」
「そ、それはもちろん……」
国王が目を逸らした。
宰相が小声で言った。
「陛下は月に一度ほど、お忍びで王都中央店へ……」
「宰相!」
「王妃殿下も季節限定品の発売日には」
「言わんでよい!」
「王女殿下のお部屋には、赤き魚のぬいぐるみが七体ほどございます」
「愛娘に強請られれば買わねばなるまい!?」
王家ぐるみで愛用していた。
それが、異世界から召喚した勇者本人から〝自分たちの事業の模倣だ〟と告発されたのである。
「ふうん。あんな怖いパチモンの魚を、ねえ……」
「待ってくだされ、勇者殿!」
国王は額の汗を拭った。
「余はもちろん、王家の者もそのような事情は知らなかったのだ! 我々は聖女が神託を受け、この世界にもたらしたものだとばかり!」
「それなら、まず事実を確認してください」
「もちろんだ! 直ちに調べさせる!」
「確認が取れるまでは、魔王討伐への協力は保留します」
「魔王は待ってくれんのだが!?」
「僕たちの事業を盗用した人間は平気でやらかしてるのに?」
「ぐぬぬ……!」
怜司は本気だった。
国王も宰相も、ようやく理解した。
この青年は穏やかに微笑んでいるが、魔王討伐を盾に脅しているわけではない。
本当に、たいやきカフェの問題が解決しなければ帰るつもりなのだ。
しかも問題になっているのは、怜司一人のものではなかった。
「先ほど〝最愛の人と作った〟と仰いましたな」
「ええ。たいやきくんのモデルは、僕の最愛の人です」
「あの赤き魚の?」
「はい」
国王が何とも言えない顔になった。
「……魚に似ておられるのか?」
「まったく」
「ではなぜ!?」
「恋人の可愛いところをシンボル化させたキャラクターだったんです」
「そ、そうか……」
国王はそれ以上聞かなかった。可愛いなら仕方ない。
だが国内のたいやきカフェの赤い魚は、どちらかといえば怖い造形だったような?
そのとき、廊下から騒がしい足音が近づいてきた。
「勇者様っ!」
扉が開き、息を切らした聖女ミレーヌが飛び込んできた。
王都の街中で置き去りにされたあと、馬車を拾って追いかけてきたらしい。
「どういうことなんですか!? いきなり帰ってしまうなんて――」
「聖女!」
国王の声に、ミレーヌがびくりとした。
「へ、陛下?」
「そなた、たいやきカフェは神の啓示によって作ったと申しておったな?」
「え、ええ、その通りにございます」
「勇者殿が、元の世界で営んでいた店だそうだ」
ミレーヌの顔から血の気が引いた。
「…………え?」
怜司が振り返る。
先ほどまで国王に向けていたものと変わらない、穏やかな微笑みだった。
「ちょうど良かった。聖女、君に聞きたいことがある」
「な、何でしょう……」
「たいやきカフェについて、最初から詳しく話してもらおうか」
ミレーヌが一歩後ずさったが、怜司はそれを見逃さなかった。



