キミがいたから。



──入学から数週間。

少しずつだが私はクラスに馴染もうとしていた。

朝は“おはよう”と言う。

授業でグループになれば自分から話しかける。

けれど、それは簡単なことではなかった。

───ある日、女子たちの会話が聞こえる。


「野村さんってさ…」

「ちょっと暗くない?」

「名前も燈なのにね」

トイレに行こうとしてドアを手にかけようとして聞こえた笑い声…


「“燈”じゃなくて“暗闇”じゃん」

───燈の手が止まった。

聞こえなかったことにするけど、確かに聞こえた低い声は耳を貫いていて。

居なかったことにするけど、ドアノブにかけた手は間違いなく震えていて。

聞こえなかったことにする、い無かったことにする…それが一番楽と思ったから──。



──それからというべきか少しずつ、でも蝕むように確実に1人、またひとりと嫌味が増えていった。

紙を1人、またひとりと回し手紙をして私の悪口を言っているらしい


───ポトッ

「あ、やば…っ」

私の机と回し手紙をしていた机の間に、小さく折りたたまれた紙が落ちていて。かなりインクの濃いボールペンで書いたのだろうか…中身がうっすらと見えていて。


「……っ」


───グループ分けで避けられる。

廊下ですれ違うと、聞こえるように笑われる。


大きなことではない。だからこそ、誰かに相談しづらい。

「…こんなの、気にしなければいい」


私は自分に呪いのように言い聞かせるけれど、心は少しずつ疲れていった。

───そんなある日。休み時間に一人で席に座っていると、爽太郎がやってくる。


「燈、一緒に昼食べない?」

「……今日はいい」

「…そっか」

爽太郎は無理に誘わなかった。

ただ───無邪気に明るく笑ってくれる。

「じゃあ、また今度ね」

そう言っていつも無意識に安心させてくれる。

その優しさが、私には逆に苦しかった。


───放課後。

燈は教室に一人残っていた。友達作りのためではなく、1人荒れた心を落ち着かせるために。

泣きたい。でも泣き方が分からない

叫びたい、でも叫べない

助けを求めたい、でも…どうやって?誰が助けてくれると言うの?

でも私は分かっていた。“できない”ではなく、“しない”…泣いたら負けな気がした。

「……なんで」


すると、教室のドアがガラッと優しく開かれ、そこへ帰ったはずの爽太郎が戻ってくる。

「…燈?」

慌てて顔を伏せる。泣き顔なんか、私の酷い顔なんか見られたくなかった。

「どうした?」

「何でもない」

───そうして、独り殻に閉じこもり誰も寄せ付けないようにした。…だけど、その殻を爽はいつだって開かれる時をじっと待ってその殻を優しく撫でてくれる。

こじ開けることはせずに……。


「…そっか」

爽太郎は少し離れた場所に座った。

「じゃあさ、何でもない話しようか」

「……え?」

「今日、購買でパン買ったら袋破れてさ」

なんて事ない、普通のくだらない話なのに。なんも意図のないはずなのにね…どうしたんだろうか。

私の目から1粒、2粒と涙が溢れるように落ちた。

──急に泣かれて困るだけなのに、迷惑かけるだけなのに“ごめんなさい”って謝りたいのに…爽は何も聞かなかった。

ただ優しく隣にいた。

それが私には、小さな救いだった…。