キミがいたから。



───桜が舞う新しい季節、春。


私、野村燈は新しい制服に袖を通して鏡の前に立っていた。

今日から高校一 1年生。



中学校では、教室に入るだけで胸が苦しくなったり誰かの笑い声が聞こえるたびに、自分のことを笑っている気がした。

───だから、高校では変わる。

誰も自分を知らない場所なら、きっとやり直せる…

「……今度こそ」

小さく呟いて、私は家を出た。

しかし――

「……ここ、どこ?」


入学初日、校舎が広すぎて私はひとり完全に迷子になっていた。廊下を行ったり来たりしていると、背後から声がする。

「もしかして、迷った?」

──その声に驚き思わず振り返ると

そこにいたのは、柔らかな笑顔を浮かべた男の子だった。

「あ、ごめん。驚かせちゃったね…1年生?」

「……あはい」

「俺も一年。こんな先輩ぶってるけどね」


──と、白い歯を見せ優しく笑う。


「何組?あそこに案内板があるよ」


「……あ、え1年3組です」

「あ、え…俺も」

またフッと彼は笑った。


「じゃ、一緒に行こ」


───それが、私と爽の最初の出会いだった。



「───俺、真田爽太郎。爽って呼ばれてるからそう呼んで」

「……爽、くん?野村燈です」

「呼び捨てでもいいよ。燈でもいい?」

「……は、はい!」

「じゃあ燈」

───その呼び方が、不思議だった。別に馴れ馴れしいわけではない、なにか胸の奥が…ドキドキするようなソワソワするような。なのに、嫌じゃない。


教室へ向かう途中、爽太郎は何気なく話しかけてくる。


「この高校、結構広いよね」

「……はい」

「俺、絶対一週間以内に迷う自信ある」

「ふふ……」

思わず笑ってしまった。爽太郎──爽がこちらを見る。

「今、笑った?」

「え……」

「いや、よかった」

「何が……?」

「燈が笑ってるの」

胸が、ほんの少しだけ熱くなるけど気のせいにしておく。そして、教室に着くと、爽は友達に囲まれていった。


「爽、おはよ!」

「おはよ」

「爽、今日部活見に行く?」

「あとで行こ」

誰にでも笑顔で誰にでも優しい。

私はその光景を少し離れたところから見ていた。


――眩しい。自分とは、まるで違う。



そして始業式、対面式が終わりあっという間に放課後。

私は一人で教室に残っていた。

“友達を作ろう”

密かに胸に“私でもやれる”と期待して今日一日中クラスをキョロキョロするも何故かすでにもうグループができていて私は…私だけ……そこの輪に入ることができなかった。


そして、そう思い描いていた明るい高校生活はものの1日でなくなってしまった。“友達を作ろう”たしかに朝まではそう思っていたのに、一日中ほとんど誰とも話せなかった。

「……また、失敗した」

そのとき。

「燈?」

爽太郎だった。

「まだ帰ってなかったんだ」

「……うん」

「一緒に帰る?」

私は驚いて爽のもうすっかり高校生活に慣れてしまっているであろう横顔を見る。

「……いいの?」

「なんで?」

「だって……爽、友達いるから」

爽は少し考えてから笑った。

「友達がいたら、燈とは帰っちゃいけないの?」

「……」

「そんな決まりないでしょ」

その言葉に、私は少しだけ笑った。なんでこんなに、明るい人なんだろう…。

二人で朝と同じ道を歩く帰り道。

───まだ春と呼ばれる今日…空から桜の花びらが舞っていた。

「──燈」

「…うん?」

「高校、楽しくなりそう?」

私は思わず空を見上げる。

「……うん」

まだ、何も始まっていない。

だけど…

この人に出会えたことだけは、少し嬉しかった。